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2020-09-01

青森山田中学校の監督に聞くサッカーの育成Part.2「育成年代で良い選手が育つ環境とは?」

東京都府中市を拠点に活動する府中新町FCが、クラブの保護者に向けた講演トーク会を実施した。ユース年代でトップクラスの育成実績を誇る青森山田高校に有望選手を毎年輩出し、全国大会での実績もある青森山田中学校の上田大貴監督と、サッカージャーナリストの川端暁彦氏をゲストに招いたこの会の主な内容(一部編集)をテーマ別に構成。パート2のテーマは「育成年代で良い選手が育つ環境とは?」。司会は、府中新町FCの葛谷智貞監督が務めた。

出典:『サッカークリニック』2020年8月号

取材・構成/石田英恒 写真/Getty Images、BBM、石田英恒 協力/府中新町FC

上の写真=近年、U-18年代の各大会で輝かしい成績を残し続ける青森山田高校 写真/Getty Images

KEYWORD 01「真の努力」

司会 2019年度の全国高校サッカー選手権大会(以下、選手権)で1年生にして活躍した青森山田高校の松木玖生選手について、今回のテーマに関連したエピソードがあると聞きました。

上田 彼は室蘭市(北海道)の小さなタウンクラブ出身の選手で、小学6年生のときにウチに練習参加に来ました。当時は右足を使わない左利きの小さな選手で、フィジカルもスピードもまだまだでした。優れた技術を持つ選手だったので、ウチに来てほしいともちろん思いましたが、入るためには中学校を受験してもらう必要がありました。

 中学3年生のトップチームに小学6年生の松木を入れて、練習を行ないました。中学3年生とバチバチの紅白戦を行なったあと、松木は「何もできなかった」と不満そうな顔をしていました。これは失敗したかと思いました。

司会 入ってほしい場合、多くは気持ち良くプレーさせてあげます。

上田 もっと気持ち良くプレーさせて、「楽しいな」、「これならできるな」と思って帰ってもらいたかったので、失敗したかなと思ったわけです。彼はJクラブのアカデミーからもオファーを受けていて、そのJクラブに行くのかなと思っていました。しかし、彼はウチに来てくれました。

「なぜウチに来たのか?」と聞いたところ、厳しいトレーニングを毎日やりたかったからとのことでした。そのJクラブは週何回かの練習しかしないそうですが、厳しいトレーニングを毎日やる環境が青森山田にはありました。

「練習参加したときに、めちゃくちゃ厳しい練習で何もできませんでした。それが悔しくて泣きました」とも言っていました。そういう性格だからこそ、中学3年生で高円宮杯JFA U ‒18プレミアリーグに出場するまでの成長を遂げたのだと思います。

川端 悔しい、きついと思ったときに、そこから逃げるのではなく、もっと強くなってやろうと思えるかどうかが重要です。

上田 サッカー選手なら、こいつに勝ちたい、負けたくないという気持ちがなければいけません。負けてもいいというような試合をしたり、適当にメニューをこなしたりしたら、成長はないでしょう。彼は負けることが大嫌いで、それが成長するエネルギーになっています。

川端 負けたくないから、工夫や努力をするのです。そこでの6年間の積み上げの差は大きいと思います。

司会 中学生の途中で青森山田中学校に転校し、現在青森山田高校で活躍している選手にも、面白いエピソードがあるそうですね。

上田 彼は以前、あるJクラブにいて、途中から青森山田に来ました。私たちにはJクラブに負けたくないという熱い気持ちがあり、Jクラブとの試合では相手の中心選手を抑えようとします。そんな私たちと対戦した際のJクラブ時代の彼は、みんなが体を張って一生懸命プレーしている中で、前からのチェイシングを怠り、チームメイトからのパスがずれると、ふてくされていました。

 結果的に、その試合は私たちが勝ちましたが、彼は終わったあとにあいさつもしませんでした。向こうの指導者陣は彼の背中をトントンとたたき、「まあまあ」という感じで慰めていました。彼のすごさは分かったのですが、私は、「何でこうなんだ。これではダメだ」というもどかしい思いを持ちました。

 その半年後、もっと厳しいところでやりたい、今のままではダメだという本人と保護者の意向により、青森山田中学校に転校し、サッカー部に入ってきました。人間的な指導がないとダメだという保護者の思いがあったために実現したのです。

 最初は、フィジカルトレーニングでは最下位でした。チェイシングもしないので、「君は何しに来たんだ」と厳しいことも言いましたが、悔し涙を流しながらひたむきに努力し、成長していきました。そして、現在は青森山田高校のAチームに入るまでになりました。

 負けたくない、今のままではいけないとあのときに行動を起こしたことで、今があります。彼には指導者からの厳しい指摘が必要だったのです。

司会 青森山田が考える努力家とはどういったものになりますか?

上田 ウチには青森山田イズムというものがあります。青森山田高校の黒田剛監督が浸透させた意識改革で、やりたくないことをやれるようにするのが努力なのです。得意なことや好きなことをやって、努力したと言う子はたくさんいます。保護者の中には「ウチの息子はこんなに努力しているのに」とおっしゃる方もいますが、それは果たして本当の努力なのかということです。「やりたくないことや不得意なことをやれるようにするのが努力」であり、これは明確でシンプルなメッセージです。

 例えば、左足で蹴れない選手が左足で蹴れるように頑張ったとしたら、「本当に努力したな」と言えます。しかし、右足で強烈なシュートを打てる選手が、左足のシュートではなく、右足のシュート練習を30本やりましたでは、努力とは言えないでしょう。基礎体力が不足している選手はフィジカルトレーニングが必要になりますが、自主練習でフィジカルトレーニングをやる選手はなかなかいません。

 その点、松木もそうですが、檀崎竜孔(コンサドーレ札幌)や武田英寿(浦和レッズ)などは、自主練習で自分が不得意なことばかりをやっていました。武田はテクニカルな選手でヘディングやフィジカル面が弱点だったのですが、ヘディングの練習をいつもやっていました。利き足が右の檀崎は左足のクロスの練習をやっていました。松木は逆に左利きなので、右足のサイドチェンジを練習しています。

 みんな、友だちを早起きさせて自主練習につき合ってもらい、朝練が始まるときには全身汗だくになっている選手たちです。その根本には、絶対に負けたくないという気持ちがあるのだと思います。やれないことにしっかり向き合ってやるのが努力家。努力をはき違える選手がいますが、青森山田では努力家とはこういうものだと最初に伝えています。

司会 青森山田からプロになった選手の共通点は、そういうところにありそうです。好きなことを頑張るのはよくありますが、そこから上に行くためには苦手な部分を頑張らなければいけません。苦手なことを克服するために頑張るのが努力なのですね。

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