上のメイン写真=『YF NARATESORO』の代表を務める元日本代表の柳本啓成氏(右)。左はU-12の監督を務める杉野航氏
写真/貞永晃二
柳本 奈良で行なわれたサッカースクールにゲストで呼ばれたとき、奈良には芝のグラウンドがほとんどないと聞きました。そのときに、子供たちのためにサッカーの環境を整えたいと思ったのです。場所を探したところ、10年間ほど放置されていたこの場所(奈良市宝来町)が見つかりました。2009年の春にスクールを始めましたが、12月頃にはチームをつくってほしいという希望が多かったため、『YF NARATESORO(奈良テソロ)』を立ち上げました。今ではスクールを含めて300人ほど在籍しています。
柳本 Jリーグや世界で通用する選手を輩出するのが夢であり、目標です。奈良の育成年代は『ディアブロッサ高田FC』さんがずっと引っ張ってこられて、ジュニアもジュニアユースも結果を出されています。ウチも創部6年目から『全日本少年サッカー大会(今年度から大会名がJFA 全日本U-12サッカー選手権大会に変更)』に2年連続で出場することができました。全国的にも奈良のレベルは高いと思いますし、楽しみな選手はたくさんいるのです。
杉野 「世界に通用する選手の育成」と「強い人格の形成」があります。つまり、サッカーだけでなく、自立することと基礎体力をつけて強い肉体をつくること、そして、ピッチ内外での「感謝する気持ち」というのが指導の3本柱です。
スタイルとしては、ボールをしっかりつないで相手ゴールを目指しています。選手個々の武器や長所を伸ばすこと、ジュニア年代はサッカーの土台づくりの年代なのでサッカーをしっかり学ぶこと、そして、先々につながるようにサッカーを理解しながらプレーできるようにすることを目指しています。
杉野 人工芝で練習できる恵まれた環境なので、「ボールを止める、蹴る」という部分を基本としています。そこに「1対1」やシュート練習を加えます。練習の2時間の最初30分はアジリティや走力を鍛えるメニューを行ない、残り時間はピッチ内でのボールを使ったトレーニングです。
柳本 ジュニア年代では技術をしっかり磨きながら、走ることも少しずつ採り入れていきます。ジュニア年代の大会はハードで、1日に15分ハーフの試合を3試合行なうこともあるので、体力が必要です。
杉野 フィールドの周りに坂道があるランニング・コースがあります。車のタイヤを引っ張る瞬発系のメニューなどを、そのときのコンディションを見ながら内容を決めています。確かに、この年代で走力の向上に力を入れているのは珍しいと思いますが、奈良県内における私たちには「走るイメージ」があると思います。
杉野 走れなかった子供も練習を積んで走れるようになって自信をつけています。苦しいトレーニングなので精神的にも強くなり、試合の苦しい場面で我慢できやすくなります。
杉野 対戦相手にも「全員が止める技術が高いし、蹴り方もいい」とよく褒められますが、それは、ボールを蹴る回数がほかよりも抜けて多いからだと思います。蹴る回数を重ねながら覚えてもらうという考え方です。しかも、ただ「止める、蹴る」のではなく、相手がいる状態で行なうようにもしていますし、周囲を見て判断することも加えて試合に近い状態にしています。具体的には、「5対3」などのボール回しでその要素を鍛えています。
杉野 自分ができることは自分でやること、に尽きます。もちろん、保護者に協力してもらいながらですが、ルールとして、チームで必要な荷物は選手が用意して車に載せて運び、終わったら片づけさせます。練習の準備も子供たちにさせています。
大人になっていく上で身につけてほしいことですので、チームではあいさつも大事にしています。サッカーをうまくプレーするには、自分で見て考えないといけません。そのために難しくても、ピッチ外のことでも自立してほしいのです。
柳本 私自身はプロになってから受けた栄養指導は参考にはなりましたが、「体ができ上がったあとでは遅い」と感じていました。栄養指導が最も必要なのは、体が大きくなる小学生から中学生の時期だと思っていますので、ウチでは行なっています。ほかにも、トレーナーを招いてテーピングやアイシングの方法を指導してもらったりもしています。
プロでは当たり前の知識ですが、保護者からのサポートの仕方も含めて、子供の頃から専門的な知識を持った上で取り組んだほうがいいと思います。
私は33歳で現役を退きましたが、ケガが少なければもっと長くやれたかもしれません。そんな思いがあるからこそ、子供たちにはできる限りのことはやってあげたいのです。私が元プロ選手で日本代表でしたので、日本代表までの道筋も分かりますし、すべきことも分かっているつもりです。
杉野 そういう貴重な話を子供たちに伝えられるのがウチの強みでしょう。食事面は専門家のアドバイスをもらったり、必要な食事量や栄養素などの栄養講習会を年に1、2回行なったりしています。また、子供の食事事情を調べて、食事バランスを確認し、摂取量の過不足などを大学でデータ化してもらい、保護者にアドバイスしています。併せて、身体測定をし、骨密度や血中のヘモグロビン調査もします。酸素を運ぶ力がないと、疲労回復が遅く、試合での体力消耗につながるからです。スポーツをする体づくりのために目安となる基準値などを示していますが、ここまでやるクラブはなかなかないと思います。
杉野 「育成年代だから勝たなくていい」という考えはウチにはありません。「育成して勝つ」のが最もいいことだと思います。試合は勝負事ですので勝利を目指します。ただし、勝利がすべてではなく、内容の伴ったサッカーをした上で勝つということです。「勝ったけれど内容は良くなかった。ここを変えればもっと良くなる」という話し合いはいいと思いますが、「負けたけれど内容は良かった」というのはあまり意味がないと思います。悩みどころではありますが、選手には勝利を強く求めます。
その中で足りないものの修正を積み重ねていきます。子供たちにも、「試合へ出場したければ、チームメイトとの競争の中からメンバー入りを勝ち取ってしてほしい」と話しています。選手の実力とトレーニングに取り組む姿勢でメンバーを決めていますが、「試合に出られない」という理由でチームを替えたがる子供もいます。その場合は面談をして、「競争に負けたからといって諦めないでほしい」ということを伝えます。「まだ小学生だし、先々どう伸びるか分からないよ」と話すと、納得して続ける子供もいます。
柳本 サッカーにはトレンドがあって変化していくものですので、それに敏感に反応していくことは必要でしょう。それに応じて、U―10、U―12、U―15のそれぞれですべきことを考えた上で、子供たちの特徴を活かしたサッカーを常に考えています。現在のレベルから、手が届くか、届かないかという段階を指導すると選手が最も伸びます。着実にステップアップできるように考えています。
杉野 「選手の特徴」には、シュート、スピード、カバーリング、運動量など、さまざまな要素があります。「自分はこれ」という武器を持ちつつ、試合中は自分で考えてプレーできることも併せ持った選手を育てたいと考えています。例えば、ウチからJクラブのジュニアユースに進んだ選手の特徴を考えると、1つではなく、2つ以上の武器を持つ選手が「違いをつくれる」として認められたと思っています。そうした点にも着目しながら育成したいと思います。
(取材・構成/貞永晃二)
柳本啓成(やなぎもと・ひろしげ)・代表。1972年、大阪府生まれ。奈良育英高校卒業後、マツダサッカークラブ(のちのサンフレッチェ広島)、ガンバ大阪、セレッソ大阪でプレーした。日本代表としても活躍し、国際Aマッチには30試合に出場している
杉野航(すぎの・わたる)・U-12監督。1987年、愛媛県生まれ。小松高校、履正社医療スポーツ専門学校卒業。指導者に転身後、セレッソ大阪スクールコーチを経て『YF NARATESORO』へ。就任2年目で全国大会出場に導いた
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