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2025-08-29

【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第31回「ハプニング」その3

平成29年夏場所2日目、土俵下に控えていた稀勢の里が照ノ富士の下敷きに

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世の中には、ときどき、思いもよらぬことが起こります。
とりわけ、大相撲界はそうです。それもときどきではなく、しょっちゅう。
令和3年秋場所も前場所、全勝優勝して優勝争いの先陣に立つはずだった横綱白鵬がコロナ禍で休場に追い込まれました。
まさか、ですよね。でも、まあ、これが人生でしょうか。
こういうことに直面し、乗り越えていくところに人の世の妙味があるワケですから。
問題は、この予期せぬ出来事に遭遇したときの対処法です。
さあ、力士たちはどうしたでしょうか。
今回はハプニングにまつわるエピソードを集めました。
※月刊『相撲』平成31年4月号から連載中の「大相撲が大好きになる 話の玉手箱」を一部編集。毎週金曜日に公開します。

危険な土俵下

土俵下ほど危険な場所はない。巨漢の力士たちがドスン、ドスンと勢いよく落ちてくるんだから。直撃を食ったのが原因で、引退に追い込まれた力士もいる。
 
平成29(2017)年夏場所の稀勢の里(現二所ノ関親方)と言えば、横綱2場所目で前の場所、左上腕部を痛めながら大逆転優勝し、もうケガは治ったか、無理しているんじゃないか、と日本中の相撲ファンが心配した場所だ。
 
初日は嘉風(現中村親方)に敗れ、翌2日目のことだ。稀勢の里が隠岐の海(現君ケ濱親方)戦のために控えに入り、土俵上の照ノ富士(現伊勢ケ濱親方)対玉鷲戦を見上げていると、押し出された照ノ富士が覆いかぶさるように降ってきた。
 
このときの照ノ富士の体重は187キロもあった。そして、なんと痛めていた左肩のあたりを直撃し、さらに左足まで踏まれてしまったのだ。文字通り踏んだり蹴ったりのダブルパンチだ。
 
これにはさすがの稀勢の里もたまらず、顔を大きくゆがめ、両手で踏まれた左足首を抑えて悶絶。館内の空気も凍りついた。またやってしまった、と思ったのだ。
 
ところが、自分の出番になると、稀勢の里は何ごともなかったような顔で土俵に上がり、ひと泡吹かそうともくろむ隠岐の海を右上手、左もねじ込んであっさり寄り切り、1日遅れの初白星を挙げた。
 
さすがは不死身の男。この快勝を見届けたファンがホッと胸を撫でおろしたのは言うまでもない。本人も、よっぽど安堵したのか、こう言って取り囲んだ報道陣を笑わせた。

「まあ、(土俵下にいれば)いろんなことがありますよ。あれで気がまぎれた」
 
直撃は気付け薬代わり。しかし、これが稀勢の里が見せた最後の笑顔だった。やっぱり左肩の負傷は癒えておらず、11日目からついに休場。いや、この場所だけでなく、この場所を皮切りに8場所も連続休場して一気に引退に進んでいったのだ。

月刊『相撲』令和3年10月号掲載

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