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2025-09-12

【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第32回「敏感」その1

平成19年夏場所千秋楽、白鵬は朝青龍を上手出し投げで破り全勝優勝。場所後、横綱に昇進した

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秋は静かに物思う季節。
夏の暑さに痛めつけられて鈍くなっていた神経が生き返るような気がします。
だから、秋は抒情的になるんですね。
神経過敏と言えば、力士たちもそうです。
一瞬のうちで勝負が決する、過酷な世界に住む者は、ボンヤリしていては遅れを取ってしまいます。
常にあたりに注意を払い、空気を読む敏感さが必要です。
感情に流されてもいけません。
自分をコントロールし、相手に弱点を見せない冷静さも大切になってきます。
いかに力士たちがそういう面で長けているか。それを感じさせるエピソードです。
※月刊『相撲』平成31年4月号から連載中の「大相撲が大好きになる 話の玉手箱」を一部編集。毎週金曜日に公開します。

涙は隠れて流す

令和3年秋場所後、常勝横綱、白鵬がついに引退した。いかに白鵬が強かったか。いろいろな角度から分析されるだろうが、理由の一つに自分を失わなかったことが挙げられる。若いときからしっかりと自分をコントロールする名人だった。もっとも、現役最後の一番となった令和3年名古屋場所千秋楽の照ノ富士(現伊勢ケ濱親方)戦では、勝った直後、雄叫びをあげ、こぶしを振り回して取り乱していたが、あれは例外中の例外ということになろう。

いかに白鵬が厳しく自分を律していたか。平成19(2007)年夏場所は、当時まだ大関だった白鵬にとって、大きな節目となった場所だった。2場所連続優勝して、尊敬してやまない父と同じ「横綱」に昇進を決めたのだ。それも土つかずの全勝で。最後の相手は、このあとも毎場所のように熱闘を繰り広げた因縁のモンゴルの先輩横綱、朝青龍だった。
 
追いつき、肩を並べようとする白鵬、そうはさせじと歯を剥く朝青龍。軍配が返ると両者、短い突っ張り合いのあと、白鵬が得意の右四つがっぷりに。数呼吸後、白鵬が動き、体を左に開きながら上手出し投げを打つと、朝青龍がたたらを踏んで前に落ちた。
 
このとき、白鵬はまだ22歳と2カ月。鳴りやまない拍手や歓声の中、土俵を降りた白鵬はまるでこみ上げる涙をこらえるように天井を仰いだが、その目から涙がこぼれることはなかった。
 
このことについて、白鵬は優勝インタビューでこう語っている。

「(この優勝は)うれしい。言葉にできません。土俵下の控えで、いろんなことを考えました。去年の(足を骨折して全休して)辛かったこと。結婚、そして初めての子供が生まれたことなど。涙? 涙は隠れて流すものです。弱いところを見せたくないので、(人前では)泣きません」
 
こんなときでも、次の闘いのことを考える。力士は過酷な職業だ。

月刊『相撲』令和3年11月号掲載

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