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2025-10-31

【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第33回「力士とは」その1

平成28年秋場所7日目、初日から6連勝の隠岐の海は豪栄道に敗れて初黒星

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物思う秋が更けていきます。
それにしても、人間っておもしろいですね。
いろんな面を持ち、見方によって全然違う人間に思えてきます。
力士もそうです。
一瞬の勝負に人生を賭ける力士たちは、実に崇高な精神の持ち主に思えます。
だって、迷ったり、雑念を抱いていては勝負に集中できず、勝てませんもの。
しかし、実際はどうでしょう。力士たちも、やはり同じ人間。
笑ったり、ぼやいたり、ため息をついたり、実にさまざまな顔を持っています。
力士とは何ぞや。
さあ、晩秋、いや、もう初冬ですか。とにかく夜長です。
力士たちの隠れた顔を捜してみましょう。
※月刊『相撲』平成31年4月号から連載中の「大相撲が大好きになる 話の玉手箱」を一部編集。毎週金曜日に公開します。

思うようにならず
 
この世が自分の思うようになったら、どんなに素敵なことだろう。あれもしたい、これもしたい、と思い、きっと夜も眠れなくなることだろうが、そんな力士としての夢が叶いそうになった力士がいる。
 
平成28(2016)年秋場所の東前頭筆頭、隠岐の海(現君ケ濱親方)は前半、まさに手が付けられなかった。初日に大関稀勢の里(のち横綱、現二所ノ関親方)を破ったのを皮切りに、日馬富士、鶴竜(現音羽山親方)の2横綱(白鵬は休場)を破って2つの金星を稼ぎ、加えて3大関まで食ったのだ。横綱、大関陣で、残っているのは豪栄道(現武隈親方)1人だけ。もしこの7日目に全勝同士で対戦した豪栄道まで倒せば、昭和以降では最大規模の横綱、大関総なめ記録だった。
 
当然、周囲は大騒ぎだ。しかし、この場所の豪栄道も破天荒の強さだった。なにしろ負け知らずのまま、初優勝することになるのだから。軍配が返ると、両者、激しい先手争いになったが、先に右上手を取った豪栄道がタイミングよく出し投げいっせん。隠岐の海は勢いよく土俵外に飛び出した。
 
とかく、この世はままならないもの。大魚を逸した隠岐の海は、まるで悟りきったお坊さんのように淡々とした顔で引き揚げてくると、ポツリと一言。

「これが相撲っす」
 
力士はあきらめが肝心。別の言葉で言えば、いかに素早く切り替えて次の闘いに挑むかだ。隠岐の海も帰り支度を急ぎながら、

「まあ、こういうこともあるってことですよ。とにかく終わったことは、どうでもいい。明日が大事ですから。自分なりにしっかりやりたい」
 
と自分に言い聞かせていたが、なかなか言葉どおりにはいかず、後半は3つしか勝てなかった。
 
それでも序盤の大活躍がものをいい、初の殊勲賞を獲得。併せて翌場所の関脇返り咲きも確実にして、

「次は(今場所果たせなかった)二ケタを狙う」
 
と大風呂敷を広げていた。
 
力士はまた、叶わぬ夢を見るもの。ちなみに、その次の九州場所は目標の半分の5勝しかできなかった。

月刊『相撲』令和3年12月号掲載

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