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2026-02-19

“燃える闘魂”を撮り続けて半世紀。“猪木カメラマン”原悦生が選ぶ“関西プロレス事件簿”第3位…暴動寸前となった敗者髪切りマッチ【週刊プロレス】

ラッシャー木村を鉄柱に叩きつけんとするアントニオ猪木

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新日本プロレス旗揚げシリーズ第8戦、水戸大会を撮影してから半世紀以上、アントニオ猪木を撮り続け、キューバやイラク、北朝鮮にも同行した原悦生カメラマンが棚橋弘至引退後初のビッグマッチとなった2・11エディオンアリーナ大阪大会の翌12日、ABCラジオ「ますだおかだ増田のラジオハンター」にゲスト出演した。

同局が配信しているPodcast番組「ますだおかだ増田の関西プロレス事件簿」の番外編として、番組内で原カメラマンがファインダー越しに目の当たりにした関西マットにおける事件を挙げてもらった。そのトップ3とは……。(文中敬称略)


<第3位>
・アントニオ猪木vsラッシャー木村、敗者髪切りマッチ(1982年9月21日、旧大阪府立体育会館)

国際プロレス崩壊後、“はぐれ国際軍団”としてアニマル浜口、寺西勇とともに新日本プロレスに殴り込んできたR・木村。両者の初対決となった前年10月8日の蔵前国技館で因縁勃発。同大会は5度目のシングル対決となったが、当時の猪木は“世界統一構想”IWGPへ向けていつまでもR・木村を相手にしていられない状況。1年に及ぶ遺恨に終止符を打つべく完全決着戦として髪が懸けられた。

浜口と寺西がセコンドに付くのは織り込み済みだが、この日はなぜかストロング金剛(ストロング小林改め)が本部席に着いた。テーブルにはバリカンとハサミが置かれてある。それだけを見ると敗者の髪切り役として立ち会った感じだった。

しかし場外乱闘中、浜口が本部席に置かれてあったハサミで猪木の髪を切る暴挙に出た。これで怒りが頂点に達した猪木は、リングに戻って延髄斬りでフォール勝ち。ここまで猪木の1勝2敗1分だったが、猪木の黒星は反則暴走とセコンドが介入してのリングアウトによるもの。1勝は腕ひしぎ十字固めによるレフェリーストップ。結果だけ見れば、5戦目にしてようやくクリーンに決着がついた形。猪木ファンにしても、ようやく溜飲が下がった瞬間だった。

そして髪切りの儀式へ……と思われたが、R・木村は浜口と寺西に抱えられ控室に逃亡。猪木はR・木村を連れ戻そうと若手を走らせたが、すでに国際軍は会場を後にしていた。

これに収まらなかったのが浪速の猪木信者。リングサイドに押し掛け、「木村を出せ!」と会場は騒然。猪木はハサミを手に、国際軍の控室の方へ「木村、恥を知れ!」と激昂。さらに永久追放まで宣言。辛うじて暴動にまでは発展しなかったが、結果がついたにもかかわらず、遺恨はさらに深まった。

そのちょうど1年後、会場も同じ大阪府立でR・木村はわずか5分余りで血ダルマKOされた。そして、それが最後のシングル対決となった。(つづく)

橋爪哲也

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