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2026-02-27

【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第36回「信念」その1

平成23年5月、技量審査場所の支度部屋では監察委員の親方たちが力士の行動に目を光らせた。写真右端は出来山親方(元関脇出羽の花)

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人間って弱いものです。
でも、そんな人間を強くするものがあります。信念です。
前を向き、自分を信じて突き進む、その思いです。
力士たちは、それぞれが信念を抱いて土俵に上がり、闘っています。
だから、心打たれるんですね。
そんな信念をかいま見せるエピソードです。
※月刊『相撲』平成31年4月号から連載中の「大相撲が大好きになる 話の玉手箱」を一部編集。毎週金曜日に公開します。

限りない相撲愛

覗いて見たいものの一つに出番前の力士の心の中がある。勝つことが使命付けられているだけに、きっといろんな声がこだまし、さぞかしにぎやかなことだろう。
 
平成23(2011)年夏場所と言えば、大相撲界が八百長疑惑で存亡の危機にさらされた場所だった。直前の春場所は中止になり、この場所も番付は発行されず、賜盃の授与や懸賞、力士幟ばかりか、館内のレストランまで営業を取りやめ、場所名も“5月技量審査場所”として行われた異例づくめの場所だった。
 
支度部屋にも、監察委員の親方たちが張り付き、力士たちの行動に目を光らせた。そんな親方たちの中で、とりわけ仕事熱心だったのが先々代鳴戸親方(元横綱隆の里)だった。ただ、黙って監視するだけでなく、

「オレを見て、まだ入門して2、3年の新弟子同然のヤツが、まるで友だちに挨拶するみたいに、チャスって言いやがる。それも歩きながら。そんな挨拶の仕方があるかい」
 
といちいち呼び止めてやり直しを命じていた。その奥底に燃えていたのが限りない相撲愛、大相撲はいつか必ず復活する、という強い信念だった。
 
どうしてそこまで憎まれ役を買って出るのか、という問いかけに、先々代鳴戸は自分の体験を交えてこう話している。

「オレは、幕下時代に糖尿病を発症。次々にライバルたちに追い越され、ずい分悔しい思いをしました。でも、追い抜かれるたびに、こう自分に言い聞かせて、準備をしていたんです。いつか、オレのときがやってくる。そのときは必ずやってくるってね。いま、大相撲界は苦しい。でも、こういうときだからこそ、足元をみつめ、やることをしっかりやっておれば、かならずまた甦るときがやってくる。だから、あえて厳しく言っているんです」
 
心の叫びってヤツだ。この対応が間違っていなかったことは、その後の大相撲界の隆盛ぶりをみれば分かる。この半年後の11月7日、先々代鳴戸は急逝した。59歳だった。

月刊『相撲』令和4年2月号掲載

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