4・15後楽園ホール大会で上野勇希のKO-D無差別級王座に挑戦する飯野雄貴。The Apexの盟友・納谷幸男とともにSTRANGE LOVE CONNECTION入りするも、直後に二足の草鞋であるアメリカンフットボールの方へ集中。そんな中、3・22後楽園でKANONを退けた王者に宣戦布告した。人生でもっとも忙しいと思われるこのタイミングで頂点を目指すのは、どんな動機があるのか。話を聞くと、むしろそうした状況だからこそ飯野は動いたことがわかった。(聞き手・鈴木健.txt)花道の奥で泣いたのは上野さんの
言葉が自分にも刺さってしまった
――タイトルマッチに関する話の前に、昨日(4月5日)引退した樋口和貞さんへの思いをお聞かせください。前回、2024年12月にインタビューしたさい「樋口さんが無差別級を獲った時に、DDTのヘビー級と言えば樋口和貞というイメージが確立されたところはあったんですけど、それを超える人間になりたい」と話したのが飯野選手だったからです。
飯野 そうでしたね。いや、樋口さんらしい引退の仕方だなと思いました。相撲をやられた中でスポーツマンシップのある方で、常に真っすぐで筋を通す。自分が言ったことはしっかりと守ってずっとやり続けるのは、そういうところによるものだったと思うし、最後も試合ができないにもかかわらず、スーツとかではなくコスチューム姿でリングに上がったのも、樋口さんらしいなって感じました。僕が練習生の時点でヘビー級としての動きを樋口さんは教えてくださいましたし、同じコンタクトスポーツをやっていたという点で樋口さんが自分に一番近い存在だったなと思います。
――DNAの頃からいろいろ教わったんですね。
飯野 タックルに関しても「飯野はラグビーをやっていたから、踏み込む時の足とかわかるよね」と、その上でこうだっていうことを教えていただいたり、タックル合戦の当たり方一つとっても踏ん張る強さの重要性を説明してくれたり。ラグビーをやっていた人間の特性を理解した上で、さらによくなるよう教えていただいたのが樋口さんでした。
――ということは、現在のスタイルの礎を築いてくれたのが樋口さんだったと。
飯野 まさに自分の根っこの部分は樋口さんの教えですし、1つ上の先輩の吉村さんは柔道をやっていたからつかみ方のアドバイスをいただいて、そのお二人が今のスタイルの礎になっています。
――あの時に言っていたように、これからは樋口和貞が担っていた「DDTのヘビー級」を飯野選手が体現していかなければなりません。
飯野 そうなんですよね。納谷、飯野、KANONでやっていく中で、自分が先頭に立たなければと思っています。
――それをアメリカンフットボールと並行してやらなければならないという。
飯野 でも、プロレスでヘビー級としてやっていく上での強さって、アメフトでも生きるんです。アメフトだと僕よりデカい選手なんてゴロゴロいて、それこそ外国人プレイヤーになると190cm、120~130kgですから。僕はディフェンスのポジションなんで、前に出る相手をいかせないのが役割なんですけど、そういう時にレスリングの動きが役立ったり、動き的に力を抜くところと入れるところのメリハリだったりはプロレスの試合中の感覚なんです。
――どっちにしてもデカい者ならではのものを体現していると。
飯野 昨日の上野さんからスリーカウントを獲ったスピアの威力も増しました。スタートダッシュの部分で、しばらくラグビーから離れていたからちょっとしたタイミングなんですけど、自分でも遅いなっていう感覚はあったんです。アメフトを始めてとにかくスタートダッシュの練習をしているので、いいスピアが出せるようになっていた。
――ちゃんと磨きがかかっているんですね。
飯野 脚の使い方、踏ん張って体重を乗せるやり方に生きています。
――確かに前哨戦で上野選手からピンフォールを奪ったスピアはゴールドバーグばりのド迫力でした。
飯野 アメフトをやっていて一番ついたのはスピードなんです。やっぱりラグビーをやっていたので瞬発的な動きで魅せたいっていうのが僕の中にあって、それがアメフトと並行する中で形になってきた。デカいんだけど一瞬のスピードで走れるっていうのが、あのスピアに集約されていると思うし。これまでは感覚的なものだったのが、実際の形になっているのが自分でもわかるようになりました。本当はアメフトの練習なんだからアメフトで生かされてほしいのに、プロレスの方で先にその成果が現れるという。
――だとすると、アメフトと並行している中でのKO-D無差別級王座挑戦は、タイミング的に申し分ないということですね。
飯野 はい。それもあって、あそこで動きました。デビューから9年やってきた中で自分の今の位置とか強さをわかりたいというのがありましたし、あの場でKANONくんの闘い方を見てグッと来たのもあったし。目の前でヘビー級の闘いを見せられて、あんなに強いラリアットや持ち上げるパワーを自分じゃない人間が見せている。その迫力に気持ちが高ぶったんです。
――花道奥で泣いていました。
飯野 あの涙は、上野さんの言葉によるものでした。KANONくんに「DDTの家族や、おまえは」って言ったじゃないですか。あれがすごく刺さったんですね。KANONくんは自分のことをずっと一人だって言っていて、僕はそんなことないと思っていたんですけど、それを上野さんが言葉にして本人にぶつけたのを見て、僕自身にも響いちゃったんでしょうね。
――それにしてもあんなに号泣するとは…ザーザーという音が聞こえてきそうな涙の流れ方でした。
飯野 人前で泣くこと自体、ないですからね。リング上で泣いたのはALL OUTが終わる時ぐらい。
――セクシーさんは泣かなかったし。
飯野 だから、プロレスを見てあんなに心を揺さぶられたのは久しぶりでした。
――上野勇希だから挑戦したいという理由もあったんですか。
飯野 ああ、実はすごくありました。1個上の先輩であり、デビュー戦の相手も上野さんだったし(タッグマッチで対戦)。にもかかわらず対戦はそんなに多くなく、シングルマッチも確か2度しかやっていない。
――しかも飯野選手の2戦全勝なんですよね。
飯野 その時よりも成長している自分であれば獲れるという自信がある。当たっていない分、僕は上野さんの強さがどういうものなのかわからなかったところがあったんです。だからこそ、挑戦することでそれを知る場がほしかったというのもあります。
――前哨戦で勝ったあと「こっちはもう時間がない」と言っていました。あれはタイトルマッチまで残された日がないということなのか、それとも何か違う意味がこめられていたんでしょうか。
飯野 確かに前哨戦の時点であと10日しかないというのもありましたけど、自分にとって時間がないのはずっと感じていたことだったんです。僕と同じ31歳、32歳世代のアスリートって、もう引退する選手が出てくる年代なんです。キャリアの中でケガによるダメージが蓄積され、また年齢によって治りにくくなる時期で。言い方はアレですけど、みんなヘンなところをケガするんです。たとえば前十字ジン帯の中でもややこしい箇所を切るとか。僕が所属しているノジマ相模原ライズでも同世代の選手が引退しています。
――プロレスと比べると早いんですね。
飯野 プロレスと違って、野球やサッカー、ラグビーのようなスポーツは幼少期から続けている人が多いじゃないですか。だから三十代前半でもキャリア的にはトータル20年ぐらいやっていることになる。そうなると、この時期がピークに差しかかるタイミングなんですね。そういう世界を見ていると、アスリート人生の中で自分の持っている瞬発力が出せるのはいつまでだろうって考えるんです。スピアがのっそりしたものになったら説得力もないですし、強さも感じられなくなる。そこは焦りが生じているのかもしれない。ライズの選手って70人近くいるんですけど、その中で僕と同じ世代は4人ぐらいしかいないんです。DDTも(佐藤)大地くんは高校生だし、夢虹は大学生になったばかりだし(葛西)陽向は卒業したばかり。須見も22歳と、けっこう境遇が重なるんですよね。その中でKO-D無差別級に挑戦できる年齢って限られると思うので、それで時間がないことを日々の中で感じていました。三十代前半でなければやれないことはたくさんあって、アメフトにトライしたのも、そもそもの理由がそれでしたから。そうでなくても最初の1年は基礎を学んで、2年目には試合に出られるようにしなければならない。それをプロレスと同時進行でやることを思えば、将来の夢を描いてそれに浸っている時間なんてないわけです。31歳の人間にとっての夢は、目標でしかない。
――現実的なものでしかないと。上野選手の「未来とか夢とか教えてくれ」という問いかけをブッチ切って答えなかったのはある意味、上野選手の世界観に乗らなかった切り返しでした。
飯野 上野さんのあのやり方で特に印象的だったのが正田に対してのやつで。それは、ああ振られたら考えちゃいますよ。あいつも生半可な気持ちで若手のリーグ戦に出て優勝したわけじゃないし、その自信に基づく強さを持っている。でも夢はなんだ、目標はなんだと聞かれたら、優勝することがそれに当たるもので、それを達成したあとは考えきれていないところって絶対にあるものじゃないですか。僕はあの時、振られても答えが出てこないのは仕方のないことだと思ったし、自分だったらどう言うのかあの場で考えました。でも、そこで浮かんできた答えが「そんなもん考えている暇がない」だった。だから、上野さんに対する切り返しは、正田のあの姿を見たことによるものでした。
――でも、上野選手の土俵に乗ることなくよく弾き返せましたね。
飯野 上野さんだったら、そういう振りをしてくるとある程度わかっていたのもあったけど、おそらくどんなことを言われたとしても時間がないという常に思っていることが言葉に出たとは思います。
リング上の実績よりプロレス以外の
経験値で挑戦するというアプローチ
――あと、3・22後楽園で挑戦表明した時も、前哨戦で勝ったあとも「ワハハハッ!」と絵に描いたような高笑いをしたじゃないですか。ターザン後藤か飯野雄貴かというほど、あそこまで笑い飛ばすプロレスラーは最近、あまりいないです。
飯野 あれは単純に楽しくて笑っているんですよ。僕は上野さんのように静かに喋るタイプでもないし、試合が終わって「本日はご来場ありがとうございました」ってかしこまるのも合わない気がして。だって、いつもは「The Apex, Yeah!」ってやっているのに、急にしおらしくなるのはおかしいじゃないですか。最初の頃は僕もああいうのをやってみたかったんですけど、いざやったら言葉が全然出てこなかったんです。それで自分のキャラじゃないんだなと思って、それなら笑いたい時に思いっきり笑いながら喋った方が自分らしいと思うし、実際その方がスラスラ言えますからね。お客さんと話しても「はい」「そうですね…」っていう対応ばかりで全然面白くないんですよ。それでよく「リング上と違いますね」って言われるんですけど、人見知りっぽくなっちゃうんです。何も考えずにその場の勢いで言った方が、スラッと出ます。
――プロレスラーを続けていく中で、やはりDDTの頂点に立ちたいんですね。
飯野 立ちたいです。今まで2回挑戦して立っていないんで、トップにいきたい。でもそこで、じゃあチャンピオンになってどうするんやって上野さんに言われたら、今のリングを降りた状態だとたぶん出てこない。でも、リング上でバーッと言ったら出てくると思うんです。上野さんが常々言っている東京ドームにいきたいっていうのは、僕もいきたいしみんなでいきたいけれど、その一方でパーソナルジムを経営している身で冷静なことを言ったら一つひとつの会場を超満員にさせたいっていうのが一番なんです。東京ドームにいきたいって言うだけだったら、誰でも言えることじゃないですか。そのためにするべきこととして、その前の段階として常にお客さんを埋めなければ難しいっていう経営的な現実に目がいってしまうんですね。
――確かにそこをクリアしなければならないという観点は必要です。
飯野 それが夢ではなく、目標に当たるものなんでしょうけど、そこに対する意識の方が僕は強い。そういったことも含めて、自分がトップに立つという目標を実現させるために動いたんです。
――こう言ってはなんですが、飯野選手はあまり団体の頂点とかエースというところに価値を見いださず、楽しい方を求めるタイプだと思っていたんです。だから、それほどトップに立ちたいという意識が強いとは、ちょっと意表を突かれたと申しますか。
飯野 そうですか。いや、やるからにはなりたいものですよ。
――もしもチャンピオンになったら、先ほど言ったような苦手な締めの言葉とかやらなければならなくなりますよ。
飯野 そうなんですよねえ。どうしましょうか…ポール・ヘイメンみたいな人を隣に置くようにするとか。翔太さんならやってくれるんじゃないですかね、ウワッハッハッ!
――1度目はHARASHIMA、2度目は飯野“スーパーセクシー”雄貴として火野裕士に挑戦して獲れなかった過去があります。
飯野 最初はキャリア2年3ヵ月で挑戦したわけですけど、その時と今回は似ている気がします。あの時、僕は『ノーサイド・ゲーム』っていうラグビーのテレビドラマに出演していて、そこから勢いのまま挑戦したんですよ。それが今回は同じようにアメフトという別のことをやる中での挑戦じゃないですか。1月にKO-Dタッグのタイトルマッチをやったあと、2月と3月はアメフト優先であまりプロレスの試合に出ていなかった中での挑戦なので、実績をあげた上というよりも気持ちの勢いだけで実現させるものなんで、その点では初挑戦の時と同じ感覚があります。だからこそ、同じ過ちを犯さないようにしないと…あの時はメッチャ力で力でという感じでいったんです。ベンチプレスで200kgあげて、いけるぞと思ったら、プロレスは力じゃないっていうのを思い知らされたので、今回はこの9年間で培ったものとアメフト経験で得られた新たなものを上野さんにぶつけていくつもりです。
――リング上の実績よりも、プロレス以外の経験値をぶつけて挑戦するというのも、ほかの選手たちにはないアプローチです。
飯野 そうです。なので「実績もないのに挑戦できるのか」って言われるから前哨戦でちゃんと直接勝利をあげたんです。むしろタイミング的には申し分ないと思っているぐらいで。
――ユニットとしても波に乗っていますし。
飯野 まあ、昨日タッグのベルトは落としちゃいましたけど、ノリはまったく落ちていないですから。ほかのユニットにはない発想のメンバーが集まっているので、自分から入れてくれと言ったのは正解だったと思います。
――なぜSTRANGE LOVE CONNECTIONに入りたかったのですか。The Apexはカラー的にはまったく違うじゃないですか。
飯野 僕の中でMAOさんの存在が大きかったというのがあって。闘う中で試合の感覚がフィットするというか、やっていて楽しいから「じゃあ組んだらどんな楽しさがあるんだろう」って思ったんです。デビューしてからMAOさんと組むことがあまりなくて、経験していないことに対する興味があった。
――闘うことでフィットしていたのに、組むことでそれを味わえなくなってしまいます。それでもいいと。
飯野 しばらくは闘うことがなくなったとしても、MAOさんのこういう面があるんだっていうのを、ユニットに入ることで間近から見て知りたいという方があの時点では上回りましたね。そういう知らないプロレスを感じ取ることは、これから先の自分にも絶対プラスになると思ったんです。とは言うものの、ちょっと不安だったのはS.L.C.がまだ新鮮味を出しまくっている段階で僕と納谷というデカコンビが入って大丈夫なのか。それだけに、加入を認めてくれてありがとうございますというのもあります。
――実際、カラーはまったく違います。
飯野 しかも合体させてくれって言って、その直後から私がいないという。どうなってんだって話ですよ。
――いや、単純に人気者になりたかったのかと思いましたよ。それほど唐突でしたから。
飯野 むしろそこに関しては残酷な事態になっておりまして。サイン会とかがある中で推し活というのが今はすごいじゃないですか。そこは推しの選手にいくものだからあまり変わりがないという。
――S.L.C.に入って急にキャーキャー言われるようなことは…。
飯野 ないッスねえ。私は私のいつものお客様、納谷は納谷のお客様とアベレージは変わらないです。
――S.L.C.に入ったことで自分のプロレスをやる上で感覚の変化は出てきたんでしょうか。
飯野 いや、言うてもまだみんなで組んでいないですから。僕もまだわからないんで、今は今のやり方でやっています。変化があるとすれば、これからですね。MAOさんも今のところS.L.C.の中でThe Apexを崩すということに関してはそこまでしていないので…MAO&飯野とか、KANON&納谷というタッグでやってみた時にどういうものになるかっていうのは、僕自身も楽しみではありますね。
――考えてみると、ヘビー級の3人が同じユニットになったことで、ヘビー級同士の肉弾戦的なカードが組みづらくなる部分もあります。
飯野 だからこそ、そこに関しては吉村さんや大地くんと今まで以上にやり合うことになるだろうし、大きくはないけどコンタクトスタイルという意味で相撲出身の石田がいる。あとは正田も最近は大きくなってきているので、DDTのヘビー級の風景自体がこれからは新しく変わっていくと思っています。
――同期の納谷選手と組み続けることで見えてきたものはありますか。
飯野 出す技にしても間の取り方にしても、こうやってくるなっていうのがわかる分、やりやすいですよね。そこは同じヘビー級ということで同じ感覚を持っているからなんですけど、KO-Dタッグを防衛していく中でそういう面がどんどんつかめました。
――MAO&KANONと飯野&納谷、そしてチーム200キロ(橋本千紘&優宇)によって、本当にタッグタイトル戦線がグンと活性化しました。これまではどうしてもシングル王座に付随してくるという位置づけで見られていましたが、シングルにはない独自性を生み出せたこの半年だったと思います。
飯野 僕の中にあったKO-Dタッグのイメージが、ヘビー級だったんですよ。関本大介さんと樋口さんのコンビや、入江(茂弘)さんが持っていた時のイメージが強くて。みんな、パワーがあるけどスピードも凄いじゃないですか。だからヘビー級ならではのパワーの中に、MAOさんがいることで試合の中にスピードの要素が加わって、ほかの選手も同じリズムで動けた。僕がイメージしていた通りのKO-Dタッグの闘いになったと思うんですよね。遠藤さんと持っていた時も全日本(本田竜騎&安齊勇馬)やノア(潮崎豪&小峠篤司)のチームとやって違う色感があって楽しくできた印象なんです。誤爆ばっかしていましたけど。
――なんだかんだで、千紘選手とは続いていますし。
飯野 千紘にはまたぶん投げられましたからねえ。あっちはあっちで進化しているんですよね。Instagramを見ると仙台で懸垂ばっかやっているんで負けられないです、同じ体育会系として。向こうは日大レスリング部じゃないですか。私はラグビー時代、日大に負けているので。