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2026-06-15

GLEAT生え抜き第2号 6・20北沢でデビューする山本丈はどんな男なのか?

デビュー戦が決まった山本

6・20北沢タウンホールにおけるデビューが決定したあと、YouTube配信マッチで伊藤貴則から闘いたい相手を聞かれ、田村ハヤトの名をあげた山本丈(やまもと・じょー)。プロレスラーを目指したのも、GLEATを選んだのもその存在によるものだった。1年2ヵ月という練習生生活にも音をあげることなく、夢だったリングに上がる山本の素顔を知った上で、その晴れ姿を見届けていただきたく思う。(聞き手・鈴木健.txt)

――まずは基本的なプロフィルからお願いします。

山本 はい! 山本丈、本名です。2002年5月30日生まれの24歳、東京都品川区出身です。今の時点では身長180cm、体重は87~88kgです。去年の12月ぐらいに履歴書を送って、1月にテストを受けて4月に入寮しました。GLEATは随時募集となっていたので、自分で調べて応募したんです。

――数ある団体の中で、なぜGLEATを目指したのでしょう?

山本 YouTubeでGLEATの試合を見ると、旗揚げ戦で誰がリンダマンさんと対戦するかというところで、田村ハヤトさんが出て来られた大会があって。それを見て、GLEATでプロレスラーになりたいと思いました。スーツの上からでもわかるハヤトさんの肉体の大きさがカッコよかったんです。

――プロレスの入り口はどれぐらいだったんですか。

山本 高校1、2年ぐらいだったと思います。自分が通っていた学校のOBの方に西村修さんがいらっしゃって。自分は野球部だったんですけど、練習用のグラウンドは埼玉の河川敷の方にあって台風で水浸しというか、もう見えなくなるぐらいまで浸かっちゃったことがあったんです。バッティングマシンやピッチングマシンなど、グラウンドに置いてあったボールも全部流されてなくなっちゃって、どうしようとなった時に西村さんが当時、OB会会長をやられていて「道具を全部買ってあげるから、1回プロレス見に来てよ」と。それがきっかけでした。

――西村さんと同じ高校ということは錦城学園ですね。

山本 西村さんと、直接はお会いしていないんですけど、試合を見にいかせていただきました。僕が卒業する時はコロナ禍だったこともあって、お会いできなかったんですが、後輩たちは西村さんの話をお聞きする機会を持てたそうです。西村さんが上がっていた全日本プロレスさんの後楽園ホール大会が初めての生観戦なんですけど、母親がイーグル沢井さん(元LLPW)やハイパー・キャットをやられていた方と知り合いで。

――ハイパー・キャットは小倉由美さん(元・全日本女子プロレス)ですね。

山本 母はプロレスファンというわけではなかったんですけど、以前働いていた職場でイーグルさんと一緒だったという話を聞かされていました。それもあって、自分の記憶には残っていないんですけど3、4歳の頃にイーグルさんの試合にはいっていたそうなんです。その人がイーグルさんなのかどうかはわからないんですけど、ペイントをしている選手に「ワーッ!」って吠えられた記憶だけが残っています。

――でも、それでプロレスファンになったわけではなかったんですね。

山本 そのまま高校で野球部に入ったんですけど、中学の時点でプロになるのは無理だと思って。それでも高校まではやり切ると自分で決めていたので、3年間は続けました。3年やり切ると決めてはいたんですけど、野球部の先生にはプロレスラーになる準備のために途中でやめたいと話をしていました。ただ、自分は野球でその高校にいった形だったのでやめられず3年まで続けましたが、ウエートトレーニングの時間を増やしてプロレスラーになる準備はしていました。

――西村さんが先輩なら、そのツテで全日本を目指すという形も考えられたのでは?

山本 今でこそ大きさへのあこがれがあるんですけど、当時は新日本プロレスさんの華やかさに惹かれてふんわりとではあったんですけど、入りたいと思っていたんです。でも、そこで鷹木信悟さんが好きになったことでDRAGONGATEへ行き着いて、リンダマンさん、T-Hawkさん、CIMAさんを見たんです。その方々は今、どこでやっているんだろうと調べたことでGLEATを知って、見るようになった中でハヤトさんを見たという流れです。

――GLEATは入門前に生観戦していたんですか。

山本 初めて見たのは両国国技館(2023年8月4日)でした。T-HawkさんとハヤトさんのG-REXタイトルマッチが見たくていったんですけど、あの試合を見てよりGLEATに入りたいと思うようになりました。それで高校を卒業したあとは柔道整復師の専門学校へいっていたんですけど、通いながらアニマル浜口ジムへ入りました。自分は体が硬くてマット運動が苦手だったのでその分、スクワットやプッシュアップ系を頑張ろうと思ってやった結果、入門テストもできたんだと思います。

――浜口ジムの時に一緒で今、業界にいる選手はいるんですか。

山本 大日本の関茂隆真さんと浅倉幸史郎さんで、一緒に練習しました。プロレスラーになりたい者だけの練習で浜口会長に教わって。「常にこうなりたいという気持ちを持って、それを切らせることなく夢に向かって努力し続ける」ことを強く教えていただきました。その練習で、新日本プロレスさんの入門テストのメニューをやっていたというのも、合格できた理由だと思います。

――入門した時は三宅豪選手(GLEAT生え抜き第1号選手)はいたんですか。

山本 はい。三宅さん、いらっしゃいました。リンダマンさんのご自宅の一部屋が寮代わりになっていて、そこに住み込みで修行するという形でした。朝、リンダマンさんと一緒に朝練して、そこからは基本的にフリーなんでジムへいったり、ちゃんこの買い出しにいったり、洗濯をしたりという一日でした。自分と三宅さんが一緒の部屋で、ジュンジェさんが別の部屋にいて、そこに今でもメキシカンとか外国から来る選手も入っているので、感覚的には他団体さんの寮と同じだと思います。ただ、どちらかというと英語の方が多い感じですね。

――道場練習はどこで?

山本 小岩のOSWさんの道場をお借りしていたんですが、なくなってしまったので今は川崎にあるディアナさん、あとは大久保にある元WRESTLE-1さんのGENスポーツパレスさんを回っています。

――練習と雑用で辛くはなかったですか。

山本 (三宅と)2人だったので、まだ大丈夫でした。今は1人で…もう半年ぐらい続いているんですけど。でも、大丈夫です。リングってスタッフさんとかに作っていただいて、会場へいったらあるものだと思っていたんです。それが後楽園ホールで初めてセコンドへつかせていただいた時に、選手の皆さんでイチから作られているのを見て「そうなんだ!」って思いました。

――技術的なことはどの先輩から教わっているんですか。

山本 鼓太郎さんです。やってみて、思っていた以上にすべてが難しく感じました。受け身ひとつをとっても、僕のイメージではボディースラムにしてもブレーンバスターにしてもかける側のパワーが凄いんだと思っていたんですけど、いざ練習で経験してみると受ける方が大事なんだっていうのがすごくありました。あとは試合に出られている皆さんはやり慣れているからスムーズですけど、自分がやったらまったくで。頭で理解しても体が動かないことが多いです。

――先輩からのアドバイスや教えで強く残っていることは?

山本 リンダマンさんとは朝練で一緒にランニングしながらお話していただいているんですけど、マイクアピールする日が来てもすぐやれるよう、日頃からやっておくよう言われました。それは、常に面白いものを見つけて、それを人に話して、面白いと思ってもらえるというようなことなんですけど。自分の中で面白いからと、そのままあったことを話しても面白くないから、ちょっと色をつけるというか、膨らませる工夫をする。練習のあとは復習して、それをノートに書いて忘れないようにするのが大事とか、試合の映像をとにかくたくさん見て、今は大技や複雑な技はいいから、序盤のレスリングをしっかり見るよう言っていただきました。

――そういう映像をチェックする上でよく見ているのは誰の試合になりますか。

山本 やっぱりGLEATが一番多いんですけど、その中でハヤトさん、石田さん。最近になって、鼓太郎さんが自分も習った基本的な技をやられていることに気づいて、見させていただくようになってきました。昭和でいうと、一昨日に見たのはアントニオ猪木さんとマサ斎藤さんの試合に海賊男が入ってきた映像を見ました。

――大阪城ホールが暴動騒ぎになった一戦ですね。なぜそれを?

山本 ゴツい体が好きなのでマサ斎藤さん、長州力さんの試合をよく見るようにしています。あと、他団体さんの試合としては全日本さんのチャンピオン・カーニバルを少しずつではありますが見ていました。

――それはやはり、大きい選手が多いから?

山本 そうです。でも、そういう系のプロレスが好きであっても鼓太郎さんに教えていただく細かいレスリングも大事だと思うし、できた方が絶対にいいんで。

――デビュー戦が6月20日の北沢タウンホールになるのは、いつぐらいに知らされましたか。

山本 5月2日の横浜(ラジアントホール)で伊藤さんに言われたんですけど、その2、3週間ぐらい前に朝、走り終わって寮に戻る時にリンダマンさんから「6月、デビューさせるから」と言われました。自分としてはもっとかかると思っていたので。リングを使っての練習は週に2回ぐらいだったので、ほかの団体さんと比べると全然少ないと思うんです。その意味でいうと実質的な年数で言ったらもっと短いので、自分は長くかかっちゃったなとは思っていないです。

――デビュー戦の相手は、ご自身の希望通りハヤト選手になりました。

山本 シングルマッチでやらせていただきたかったので、ハヤトさんには感謝です。デビュー戦の日が決まった時は単純に喜べたんですけど、見にいくよとか頑張ってと言われるにつれて緊張してきました。友人や親も来てくれると言っているので。今は嬉しさ7割、緊張が3割。グダグダになったらヤバいなって考えてしまうと、プレッシャーを感じてしまいます。

――体重は当日までもっと増やしたいですか。

山本 いや、リンダマンさんに85kgぐらいまで減らすよう言われています。自分はどうしてもプラスの方にしたいと思ってしまうんですけど、今の段階では動き重視なのか、その方がいいと判断していただいたので。

――将来、どんなプロレスラーになりたいですか。

山本 ハヤトさんのようになりたいですと、ご本人にも言いました。もちろん何年後かにベルトを巻きたいという目標はありますけど、それとは別に…武藤敬司さんや長州さんって、世の中で有名じゃないですか。僕はプロレス界で、プロレスファンから名前があがるような選手になりたくて。たとえば新日本プロレスのファンの方、全日本プロレスのファンの方が他団体のどの選手に上がってほしいかと聞かれた時に、自分の名前が当たり前のように出る選手になりたいんです。葛西純さん、エル・デスペラードさんって、そういう存在じゃないですか。選手からも対戦したい相手として普通に名前が出される。そういう存在なれるよう、頑張ります。

――最後に…山本丈はなぜプロレスをやるのですか。

山本 今、自分がやりたいことだからです!

BBM

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