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2026-06-16

【連載 泣き笑いどすこい劇場】第39回「一夜が明けて」その1

昭和27年秋場所、初優勝を遂げた栃錦。場所後に大関昇進が決まったが、二日酔いのため伝達式を遅らせたという豪傑ぶり

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本当の喜びや悲しみは、ちょっぴり遅れてやってくるものです。
たとえば優勝力士の優勝を決めた直後の表情は、まだ激闘の余韻をそこかしこに漂わせ、口をついて出る言葉にも力みがみえますが、それから一夜明けた表情にはようやく肩の力が抜け、心からの喜びにあふれます。
平成25年九州場所、5場所ぶりに優勝した日馬富士の千秋楽翌日の顔も、一転しておだやかで、「きのうは久しぶりにおいしいお酒を飲んだ。やっぱり酒はおいしいね」と声がはずんでいました。
そんなさまざまなことがあった力士たちの“一夜明けの顔”のエピソードです。
※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。

二日酔いで伝達式

優勝の味は格別、とよく言われるが、その中でも初優勝の味は特別なものに違いない。名人と言われた横綱栃錦(のちの春日野理事長)が初優勝したのは、昭和27(1952)年秋場所のことだった。地位は西関脇。成績は14勝1敗だった。

優勝目前の13日目の夜、扁桃腺炎で40度を超える高熱を出し、翌日は土俵入りを休むという苦難を乗り越えての優勝だっただけに、喜びもひとしお。

「君が代を聞いたときはもう胸がいっぱいで、うれし涙がとめどなくあふれてきて、ふいてもふいてもどうすることもできなかった」と栃錦は自著『栃錦一代』の中で書いている。

その喜びがはじけたのはその夜。祝賀会が終わった後も飲み歩き、ベロンベロンに酔っ払って轟沈してしまった。どこでひっくり返ったのか、『栃錦一代』の中でも明かしていないが、きっと鬢付け油にお似合いの粋な場所だったに違いない。そんな一夜明けての翌朝、栃錦は、

「もう協会からの使者が来て待っている。すぐ戻ってこい」

という部屋からの電話で起こされた。当時は千秋楽の翌日に番付編成会議が開かれることになっており、栃錦がいい気持ちで朝寝をしている間に大関昇進が満場一致で決まったのだ。

慌てて部屋にすっ飛んで帰ったものの、ひどい二日酔いで支度に手間取り、結局、使者から大関昇進の伝達を受けたのは予定の2時間遅れだった。こんな大関誕生は前代未聞で、

「このくらいの心臓がなきゃ、あの小さい体で大関にはなれない」

とみんなに言われ、すっかり恐縮したそうだ。栃錦がその強心臓ぶりを発揮し、もう一つ上の横綱に昇進したのはこの2年後の昭和29年秋場所後のことである。

月刊『相撲』平成26年1月号掲載

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