小社はこの4月(平成28年)をもって、社屋を千代田区三崎町から中央区日本橋浜町、つまり隅田川の西側、いわゆる浜町に居を移した。のんびりと川上に向かって川っぷちを歩きながら両国橋を渡ればすぐ国技館である。
※写真上=昭和24年浜町公園(現在の中央区日本橋浜町)内に建てられた仮設国技館。春・夏と2回の本場所がにぎにぎしく行われた
長い人生には、誰にもエポックメーキングな瞬間があり、それはたいてい鮮やかな一シーンとなって人々の脳裏に刻まれている。
相撲ファンにも必ず、自分の人生に大きな感動と勇気を与えてくれた飛び切りの「一枚」というものがある――。
本企画では、写真や絵、書に限らず雑誌の表紙、ポスターに至るまで、各界の幅広い層の方々に、自身の心の支え、転機となった相撲にまつわる奇跡的な「一枚」をご披露いただく。
※月刊『相撲』に連載中の「私の“奇跡の一枚”」を一部編集。平成24年3月号掲載の第2回から、毎週火曜日に公開します。
引っ越し自体は、私事に属することながら、この浜町河岸自体は、大相撲に因縁浅からぬものがある。浜町公園の地には戦後間もない昭和24(1949)年に仮設国技館が建てられ、1月と5月の2回、本場所が行われているのである。そして大相撲苦難の時代のこの春(当時は1月が春場所)・夏場所の成功こそが、その後の大相撲復興を勢い付けたことは、歴史の認めるところである。
日本相撲協会は20年3月の東京大空襲で旧両国国技館を焼失さらには進駐軍に接収されて、本場所開催もままならなくなり、22年からは野外の晴天興行をもって対処せざるを得なくなり、明治神宮相撲場と大阪福島の仮設国技館で本場所の命をつないでいた。
「晴天○日間」といえば一見景気がよさそうだが、雨が降れば中止ということ。場所が開かれるかどうか当日までわからないことが多いのでは、せっかくのファンの足も遠のく。
そこで協会は、首脳陣の藤島理事長(のちの出羽海、元横綱常ノ花)、武蔵川理事(元幕内出羽ノ花)が中心となって、「晴雨に関わらず」興行できる設備の検討を始めた。
芝浦のスケートリンクや、巣鴨の野菜市場などが候補地に上がったが、最終的に国技館と目と鼻の先のこの浜町公園のグラウンドに決定したのだった。
かくて24年1月、5年ぶりに東京春場所が13日間開催され、隅田川の川面に櫓太鼓の音が鳴り響いて、下町に正月気分と相撲情緒がもたらされた。
新しい興行場・浜町特設相撲場。観客席は丸太組み。土俵はもちろん四本柱。入場口には、景気のいい積樽が並んだ。相撲茶屋も揃いののれんで店先を飾り、江戸時代以来続いてきた正月春場所らしい情緒を漂わせ、人気を盛り上げた。たっつけ袴姿の出方連も威勢を取り戻して、館の内外に活気が甦った。
1月5日に発表された新番付、「蒙御免」の下の『晴雨に関わらず…一月十二日より二十四日まで…十三日間春場所興行…』の文句がまぶしかった。
場所4日目の1月15日は戦前より続いていた「藪入りの日」が初めて「成人の日」と制定された日とあって満員御礼が出る盛況ぶり。協会関係者の長い宿借り興行の苦労がようやく報われた形となった。
この盛況に協会はさらなる工夫を凝らし、5月、戦後初となる15日間夏場所興行を行った。4横綱が久しぶりに皆勤し、千秋楽は早くも正午に木戸止めになる盛況ぶりで、記念すべき場所の覇者は大関増位山(初代、2度目の優勝)だった。このとき浜町から両国橋を渡って両国の出羽海部屋まで徒歩でパレード(戦後初)、こちらも大きな話題となった。
ちなみに、小社の創立者、池田恒雄は戦後『ベースボール・マガジン』という野球雑誌を創刊大ヒットさせた人だが、『相撲』を発行するに至ったのも、戦後協会の立て直しに腐心している協会幹部や親方衆、関取衆の「相撲の雑誌も出してほしい」という情熱、懸命の要請に感じてのものと伝わっている。『相撲』の前身ともいうべき本格的相撲雑誌『秋場所相撲号』の第1号の表紙を飾ったのも、このとき優勝した増位山で、池田の大親友だった。
今回は勝手ながら、小社の引っ越しに当たり、浜町と協会と小社の浅からぬ因縁話を紹介させていただきました。
語り部=相撲編集部
月刊『相撲』平成28年5月号掲載
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