大戦後70年の節目を数えるのを機に、今年(平成27年)はマスコミが種々工夫を凝らしてさまざまな調査、報道を行い、各地における鎮魂イベントからも、ひときわ熱い思いが伝わってきている。
※写真上=かつての激戦地擂鉢山を遠望する鎮魂の碑の前で、この戦いで傷ついたすべての人を慰撫すべく構えの大きな横綱土俵入りを奉納した曙
写真:月刊相撲
長い人生には、誰にもエポックメーキングな瞬間があり、それはたいてい鮮やかな一シーンとなって人々の脳裏に刻まれている。
相撲ファンにも必ず、自分の人生に大きな感動と勇気を与えてくれた飛び切りの「一枚」というものがある――。
本企画では、写真や絵、書に限らず雑誌の表紙、ポスターに至るまで、各界の幅広い層の方々に、自身の心の支え、転機となった相撲にまつわる奇跡的な「一枚」をご披露いただく。
※月刊『相撲』に連載中の「私の“奇跡の一枚”」を一部編集。平成24年3月号掲載の第2回から、毎週火曜日に公開します。
実は私もかの戦争で、父を亡くしている。昭和19(1944)年マリアナ沖の輸送船上で亡くなった、とだけ聞かされ、幼少期を過ごした。その情報の唯一の手がかりは、養母のおぼろげな記憶の中にある紙切れ一枚だった。戦死の公報とともに届いた骨壺に添えられていたその紙には「伊藤穰(みのる)、昭和19年、マリアナ方面において戦死」とだけ書かれていたそうだ。
しかしのちになって、同じく南方に出征していて父に会ったという親戚の話と照らし合わせると、そこまでいかず戦いの激しかった硫黄島で亡くなった公算が強い。
面積わずか20平方キロ、東京から南へ約1250キロのところに浮かぶ孤島、太平洋戦争末期(20年2月半ば~約1カ月)の激戦地硫黄島。日米双方で約5000人にも及ぶ死傷者が出たという。
平成7(1995)年6月4日、出羽海理事長(元横綱佐田の山)率いる日本相撲協会一行は、硫黄島に赴き、日米戦没将兵鎮魂のための土俵入りを奉納した。折しも東西の横綱を曙・貴乃花が分け合っていた。かつての激戦地擂鉢山を遠望する「鎮魂の丘」での日米出身の最高の『チカラビト』による力強い土俵入りは、激戦で亡くなった方々の鎮魂にまことにふさわしいものとなった。
私も行司になったからこそ、父の亡くなった遠方の島に来るというご縁をいただき、この歴史的な場に居合わせることができた……父が呼んでくれたんだ……当時場内放送担当(行司名式守与大夫)だった私は、この協会挙げての式典でも司会を仰せつかったことに深く感謝するばかりだった。
この行事を前に、当時のまま残されている地下壕、洞窟等人々が逃げ惑った場所、その他を案内された私は、その劣悪な環境の大変さを肌身で感じる思いがした。私事ながら慰霊碑の前に、思い出の記憶も定かではない父と、母(伊藤貴美子、23年没)の写真額を置き、日本から持参した花と水を供えて、心の底から「大変だったんだね」としみじみ語りかけることができた。
折からこの日は大快晴、南国の青空は暑いけれどもどこまでも鮮やかで爽やかだった。それが……土俵入りを前に赤い絨毯を完璧に敷き、式場の準備を完璧に整えたところで、スタッフ一同が「やれやれ……」と自衛隊の宿舎に入った途端、激しいスコールがやってきた。設営を担当された方には申し訳なかったが、私にはそれが父のうれし涙のように感じられてならなかった。
しかしそんな大雨が、式典の時間になると、水たまりはおろか、痕跡もすっかり消えて元通りの“日本晴れ!” 私はこの不思議を不思議のままに、感動的に記憶している。気の遠くなるような長い年月を、命の危険を背負いながら、何の楽しみも味わえぬまま、劣悪な条件下で過ごした英霊たちに、私は心の中で、涙ながらに感謝の勝ち名乗りを捧げたのだった。
同時にそれは、私を相撲界で生きていくべく引き取ってくれた養父母(元前頭有明=年寄式秀、本名金子元五郎=夫妻)に対する感謝にもつながっていたことは言うまでもない。
あれからまた20年――、この節目の秋に、私はあの日の硫黄島の奇跡を思い起こしつつ、実父母、養父母、そして相撲界への恩返しへの意味を含めて、若い年齢層の方々を大相撲に誘う手ほどき書(「相撲『通』レッスン帖」=大泉書店)を出版する準備を整えている。私の熱い思いが通じてくれるといいのだが……
語り部=34代木村庄之助(本名伊藤勝治)
月刊『相撲』平成27年9月号掲載
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