3月、春場所の声を聞くと、私はやはり「大阪太郎」と呼ばれた、46代横綱朝潮関の姿を懐かしく思い出す。胴長のたくましい体に太い眉、胸毛の風貌と、鶏を追うようなハズ押し相撲で人気を集めた徳之島出身の大型力士だ。私はその付け人だった。
※写真上=ラジオを腹に載せて気持ちよく音楽を聞いている朝潮関の鼻を、新聞を片手にユーモアたっぷりにつまんでみせているのが大内山関
写真:大村松太郎
長い人生には、誰にもエポックメーキングな瞬間があり、それはたいてい鮮やかな一シーンとなって人々の脳裏に刻まれている。
相撲ファンにも必ず、自分の人生に大きな感動と勇気を与えてくれた飛び切りの「一枚」というものがある――。
本企画では、写真や絵、書に限らず雑誌の表紙、ポスターに至るまで、各界の幅広い層の方々に、自身の心の支え、転機となった相撲にまつわる奇跡的な「一枚」をご披露いただく。
※月刊『相撲』に連載中の「私の“奇跡の一枚”」を一部編集。平成24年3月号掲載の第2回から、毎週火曜日に公開します。
栃若の後、柏鵬の前という難しい時代にあって5回の賜盃を握っているが、昭和31(1956)年から関脇と大関で成し遂げた3回の優勝がすべて大阪春場所(つまり3年連続! 最後の優勝も大阪)というのだから、よっぽど大阪との相性がよかったのに違いない。
私は昭和24年10月場所(当時大阪)、横綱東富士の内弟子として、元横綱前田山の高砂部屋に入門した。それだけに、当時の大阪の光景を覚えているのだが、米川が四股名だった若手時代の朝潮関は、寺町の道路上(石炭ガラを敷き詰めただけの小道)という劣悪な条件下で兄弟子たちに厳しい稽古をつけられていた。
私は32年9月まで在籍したので、朝潮関がそこから稽古場では最強と言われた東富士関の胸を借りるなどして、大関に駆け上がっていくまでの道のりを、幸せなことに、弟弟子としてしっかり見届けている。
朝潮関は人間的に優しく、おおらかで純粋な人だった。関取はおろか大関になっても個室に入らず、大部屋で我々と枕を並べる生活を共にしていた。
こんなエピソードがある。私があるとき関取から用事を言いつけられた。「俺の足元の押し入れにあるダンボール箱を持ってきてくれ」。頼まれたとおり箱を持って行くと、関取が中から取り出したのはなんと懸賞金の束! 当時はたしか金額は1万円で、袋の中身は9000円だった。栃錦関が神棚に懸賞金を置きっぱなしで忘れていたというエピソードが有名だが、それにも負けぬおおらかさだった。
懸賞金つながりでは、こんな話もある。朝潮関は、同じ巨漢の大内山と手が合うぶん激しく競い合う、素晴らしいライバル関係にあった。その一例が、「勝負はガチンコ、懸賞金は半分ずつ」という約束事だ。つまり二人の取組に際しては、懸賞金は折半することにして、お互いに心置きなく正々堂々力をぶつけ合おう、というわけ。
彼らの取組は当然のように、毎回付け人の手にも汗を握らせる好勝負になった。「ハイよ、半分!」「チクショウ、今度は負けないからな」。手渡しもあっけらかんと、しかしライバル心をむき出しにした微笑ましいものだった。
巡業中でも2人で激しく稽古に励む一方、仲良く連れ立ち談笑する姿がよく見られた。この写真はそんな一光景だが、世間体にうるさい当時のこととて、これだけリラックスした表情で写るというのは珍しい。だが、撮ったのは朝潮関のカメラで、シャッターを押したのが付け人の私ということで、この“傑作”の秘密がわかっていただけよう。
朝潮関は苦労の末、5代目高砂を継ぎ、東京・柳橋に部屋を構えると、その道場に各方面から強豪が集結して『稽古場銀座』と呼ばれる部屋にまでした。すべては人徳である。
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