女子野球界では選手の故障や競技能力についての調査・研究が少なく、女子に適した競技規定が作られていないという現状がある。長年、女子野球を取材してきたライターの飯沼素子氏はこうした状況に警鐘を鳴らし、女子選手が安全に、かつ思い切り野球を楽しめる環境づくりの必要性を訴えている。
今回は、女子野球ではなかなか見ることができない、野球の華「柵越えホームラン」にフォーカスを当てる。
文・図表◎飯沼素子(フリーライター)
写真=2018年の第8回女子野球ワールドカップで、ホームランを出やすくするために外野に設置されたシートフェンス(写真/筆者提供)
「おー! また打ったよ」
大阪ベストガールズのスラッガー、新谷早琴選手の決勝2本目の柵越えホームランに、観客はどよめいた。打球は外野に張られたネットフェンス(両翼70m、中堅85m、高さ約1m)を軽々と超え、新谷選手は大歓声の中、ホームを踏んだ。
今夏の女子児童の全国大会「NPBガールズトーナメント」(全日本軟式野球連盟とNPBの共催)で、大阪府代表・大阪ベストガールズは、新谷選手の2本を含む4本の柵越えホームランを放って初優勝した。
「野球は打たなければ面白くない。2ストライクまではフルスイング」が同チームの合言葉。今年はその打撃で、遂に念願の優勝をもぎ取った。
しかし、柵越えホームランに沸く光景は、女子野球では中学以降、ほとんど見られなくなる。外野に置いたフェンス、つまりホームランを出やすくするための「ホームランライン」がなくなってしまうからだ。
16年に始まった全軟連主催の女子中学生大会は外野フリー(ホームランラインなし)で、軟式の全国組織である全日本女子軟式野球連盟が主催する大会も、約30年前に定められたホームランラインがあるものの、実際にはフェンスが置かれないため、外野フリーだ。
例外的に軟式の全日本大学女子野球連盟が主催する大会と、大学とクラブの全国大会優勝チームによる頂上決戦「ジャパンカップ」では、立派なクッションフェンスが設置されるため、柵越えホームランが出て盛り上がる。
女子硬式野球は、中学生から大人まで一般(男子)と同じ距離の塁間、投本間、外野フリーという規定でプレーしているため、さらに柵越えホームランが出にくい。
そのため女子野球でホームランと言えば、大抵ランニングホームランを指す。
そもそも男子よりパワーがない女子が、男子の規格で作られた球場でスタンドインのホームランを打つことは昔から想定されておらず、1942年にできたアメリカの女子プロ野球(映画「プリティ・リーグ」でお馴染み)や、50年にできた日本の女子プロ野球でも外野はフリーだった。
日本に初めて「女子も柵越えホームラン」の意識を持ち込んだのは、約40年前(78~83年ごろ)に活動していた軟式の全国組織「日本女子野球協会」で、82年に北海道で行われた第4回全国大会では、今より大きなサイズのホームランラインが設定されている(表参照)。
残念ながらその大会で柵越えホームランは出ず、また協会が短期間でなくなってしまったからか、「女子も柵越えホームラン」の意識は定着しなかった。
男子野球人口が年々減少していることに危機感を覚えた野球連盟は、近年、女子野球の振興に乗り出している。全日本軟式野球連盟は2013年に、「将来母になる子どもたちに野球の楽しさを」といってNPBと一緒に女子児童の全国大会(前述)を作り、16年には女子中学生の全国大会を作った。
傘下の野球連盟に働きかけて県代表チームを作らせたことで競技人口は急速に拡大し、女子プロ野球(現在は企業野球)や、ワールドカップ6連覇中の女子野球日本代表の存在が、その動きに拍車をかけた。
しかし、人気競技かと聞かれれば、まだその域には達していない。男子野球を見慣れた人たちからは「スピード感やパワーがない」「柵越えホームランやクロスプレーが少ないから、スリリングじゃない」という言葉をよく聞く。
確かにホームランが出にくいからか、軟式も硬式も足を生かした攻撃をよく見るし、記憶に残るスラッガーも少ないような気がする。チーム事情があるとは思うが、もっと打撃戦や一発逆転のシーンを見たい。
そんな現実に直面し、柵越えホームランの必要性を誰よりもリアルに感じてきたのが、10年にリーグを始めた日本女子プロ野球機構だ。初年度のホームランはゼロ、2年目は2本という結果に、なんとかしてお客に喜んでもらおうと、3年目の12年にわかさスタジアム京都の両翼に90mのラッキーゾーンを設け、14年には反発力の高いボール(規定内)に替えて、ホームランを出やすくした。
こうした努力のおかげでホームランの数は増え、それに伴って14年から18年まで、客足も右肩上がりに伸びた。今年の柵越えホームランは15本。そのうち14本がわかさスタジアムで出たという。
「でもホームランが増えたのは、選手の力量が上がったからでもあります」と、女子プロ野球の監督を歴任し、統括ヘッドコーチも務めた松村豊司氏は言う。
「投手の球速が上がったので打球の飛距離が伸びたし、良い投手を攻略しようと打撃の技術も上がったからです。DH制を取り入れたことも大きかったと思います」
日本女子プロ野球機構広報も打者の力量が上がったことを挙げ、「柵越えを打ちたいといって選手のモチベーションが上がったのです」と言う。
「一発逆転があると配球も守備も変わるので、野球は格段に面白くなる」という松村氏の言葉どおり、やはり柵越えホームランは選手を育て、試合を盛り上げる「野球の華」なのである。
次ページ > 国際大会ではホームランライン導入の流れ
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