幼少のころから相撲ファンだった私は、よく父や兄に連れられて旧両国国技館の桟敷席に見に行ったが、一人で本場所を観戦したのは昭和19年秋場所9日目が初めて。この日、結びの一番は横綱羽黒山と新関脇東冨士の初顔合わせ。両者“死闘”ともいえる全力を出し尽くしての四つ相撲――あれから70年。この両者の大熱戦は今でも深く脳裡に焼き付いている。
※写真上=昭和19年秋場所9日目、東冨士(寄り倒し)羽黒山。この写真は『アサヒグラフ』昭和19年11月29日号に掲載されたもの。当時相撲専門誌は『相撲協会機関誌・相撲』『国民体育』『体育週報』の3誌があったが、この一番の写真はいずれにも載っていない
長い人生には、誰にもエポックメーキングな瞬間があり、それはたいてい鮮やかな一シーンとなって人々の脳裏に刻まれている。
相撲ファンにも必ず、自分の人生に大きな感動と勇気を与えてくれた飛び切りの「一枚」というものがある――。
本企画では、写真や絵、書に限らず雑誌の表紙、ポスターに至るまで、各界の幅広い層の方々に、自身の心の支え、転機となった相撲にまつわる奇跡的な「一枚」をご披露いただく。
※月刊『相撲』に連載中の「私の“奇跡の一枚”」を一部編集。平成24年3月号掲載の第2回から、毎週火曜日に公開します。
ともに前日まで8勝1敗、優勝争いに絡んだ実力者同士の大一番であった。
立ち合い羽黒山が得意の左差し、右上手を引き付け、相手に上手を与えず激しく向正面に寄り立てる。必死に残す東冨士に対して強烈な下手捻り、東冨士大きく傾いたがよく耐え、右に回り込んで土俵中央に寄り返す。ここで東冨士も上手を取り、両者がっぷり四つ、互いに相四つ十分の体勢となり、一歩も譲らぬ力の入った大相撲を展開。今度は東冨士が巨腹を利して西に寄り進むと、羽黒山は俵に詰まったが右に回りながら懸命に残す。東冨士がなおも嵩にかかって攻めるのを、羽黒山は捨て身の打っ棄り。東冨士の圧力が勝り、ついに重ね餅となって倒れた。両者の手に汗を握る、力を出し切った大熱闘に酔いしれたのだった。
ところでこの年の春場所後、国技館が軍部に接収され、協会はやむなく夏場所から小石川後楽園球場で晴天10日間の野天工業を行うことになった。
土俵は内野のマウンドあたりに特設され、球場のフィールド、内外野席観客席に。夏場所4日目の日曜日には史上空前の8万人の大観衆で埋められた。
翌20年の春場所は厳冬の1月を避け19年11月に繰り上げて“秋”場所と銘打って開催された。
この夏、秋両本場所は出場力士は十両以上の関取だけ(幕下以下は事前に5日間別の会場で取らされた)、取組開始は正午、打ち出しは午後4時という非常時決戦体制であった。
秋場所9日目、私が三塁側ベンチ上の席(とてもよく見えた)に陣取ったのは十両土俵入りが終わったところ。印象に残ったのは①話題の新十両千代ノ山が短躯の藤田山にあっさり突き出されたこと②幕内土俵入りで7尺を超す新入幕の不動岩が、前を行くこれも長身の鶴ケ嶺(初代)の胸から上に聳え立ちビックリしたこと③ご贔屓の神風が肥州山を鮮やかな外掛けに切って落としたことであったが、なんといっても結びの一番。東冨士に敗れて前々日から休場していた双葉山をはじめ、同じく途中休場の照國、全休安藝ノ海3横綱の穴を埋めて余りある大相撲であった。
この場所羽黒山はこのあと千秋楽、大関前田山にも敗れて3敗となり、東冨士は勝って1敗を守ったが、上位だった前田山が9勝1敗で初優勝した。
しかしその前田山は翌20年夏、非公開の場所で1勝2敗4休と負け越し、東冨士は羽黒山を外掛けで連破して6勝1敗(優勝は7戦全勝の平幕備州山)、場所後大関に昇進した。
続く20年秋、戦後初めての本場所、羽黒山は新大関東冨士に3回目の対戦で初めて雪辱を果たし、10戦全勝で3回目の優勝。東冨士は羽黒山と大相撲の末、打っ棄りで惜敗しただけの9勝1敗、終戦を挟む19年秋、20年夏、秋の3場所、羽黒山と東冨士両力士の地力が他の力士を大きく上回り、二大強豪として土俵に君臨したのであった。
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