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2019-03-07

【競泳・歴代トップスイマー比較考察】第15回:女子自由形 H・フリードリッヒ(旧・東ドイツ/1980年代)×F・ペレグリニ(イタリア)

※写真上=1980年代に活躍したフリードリッヒ(左)と5回目のオリンピックとなる東京五輪を目指しているペレグリニ
写真◎Getty Imges

 長年、女子の中距離界を引っ張り、1988年ソウル五輪200m自由形で金メダルを獲得した旧・東ドイツのハイケ・フリードリッヒ。コルネリア・エンダーやクリスティン・オットーのような、パワーで押すタイプの泳ぎが多かった旧・東ドイツ勢の中にあって、あえて逆をいく「技巧派」というか、オーソドックスなエルボーアップの6キックの奇麗な泳ぎで、当時は異彩を放っていました。
対するは、イタリアのフェデリカ・ペレグリニ。2008年北京五輪の優勝者で、やはり200、400m自由形で多くの実績を挙げてきました。

 フリードリッヒは実力者ながら、全盛期終盤がジャネット・エバンス(米国)の鮮烈デビューと重なってしまったので(17歳で臨んだソウル五輪では3冠。その前年に3種目で世界新)、フリードリッヒはあまり記憶にない…という強烈な水泳ファンも、全国に2、3人はいるかと思いますので、改めて動画でご覧いただきたいと思います。

 ペレグリニのレースがまとめられた動画はいくつかありますが、私の印象に深く残った、2017年ブダベスト世界選手権の決勝をピックアップ。いまをときめく天下のケイティ・リデキー(米国)に「そう簡単には勝たせん!」とタッチ差で土をつけ、勝負の厳しさをリデキーに叩き込んだかのように見えたレースです。

★参考動画/フリードリッヒ(1988年ソウル五輪決勝)

Olympia 1988 Schwimmen 200 Meter Freistil Finale Damen

www.youtube.com

★参考動画/ペレグリニ(2017年ブダベスト世界選手権決勝:動画の9分07秒から)

Federica Pellegrini: Top 5 Races of All Time

www.youtube.com

「教科書通り」のフリードリッヒ、
ピッチが上がりやすいペレグリニ

 参考動画のレース時のスプリットタイムを算出したものを、1に示してみます。

表1/ふたりのスプリットタイム比較
         0-50 50-100 100-150 150-200
フリードリッヒ  28.55 29.95 29.53 29.62
ペレグリニ    27.22 29.19 29.50 28.88

 1980~90年代の女子中距離は、どちらかというと「勝負重視」のレースが多かったように思えます。フリードリッヒの主要国際大会でのレース展開は、前後半ほぼイーブンペースでした。フリードリッヒは前半100mを58秒50。後半を59秒15と、後半0秒65しか落ちません。スタートの影響を除けば、泳ぎ自体はほぼイーブンペース。出力調整の感覚から言えば、後半の方をより頑張って泳いでいるのだと思えます。世界新記録樹立時もほぼ同様のペース配分でしたから、彼女にとってこのペースは200mで気持ち良く勝つための、まさに黄金比だったのでしょう。

 泳ぎも本当にオーソドックスで、きちんとリカバリーも肘が上がりますし、水中でのエルボーアップも「教科書通り」ともいえる泳ぎ。キックは、前半は少し強弱のアクセントを効かせた6キックですが、後半の100mでは、アクセントのリズムは変わらなくとも、常に足から水飛沫が立つほど強いキックを放ち、ことごとくライバル達を抜き去って行く…そんな泳ぎでした。

 1994年ローマ世界選手権で世界新を樹立したフランツィスカ・ファンアルムシック(ドイツ)の出現以降は、この種目での「前傾パターン」(前半を速く泳ぐ)のレースが多々見られるようになりましたが、そんな中でペレグリニは、フリードリッヒ同様に400mでも戦える強みを持ち、勝負強さで数々の実績を挙げてきました。フォームは、フリードリッヒより若干頭が高く、左腕のリカバリーから入水の際にピッチング(上下動)が見られるものの、そこでリズムを取りながら、ハイパワーの出力を最後まで持続している様子がうかがえます。キックは、左ストローク時には足を重ねて休ませ、右ストローク時に強いキックを打つ、変則の4キック。足を休ませるタイミングがあることで、フリードリッヒよりも、ピッチが上がりやすい特徴を持ちます。

 スプリットタイムからレース展開を見ると、前半の100mが56秒41。後半が58秒38で1秒97の差。これをどう取るかですが、現代のバックプレートによるスタート局面の優位性や、水着の抵抗値の違いやドルフィンキック技術の進化による、スタート直後の速度の違いを考慮すると、出力配分的にはフリードリッヒ同様、より後半を頑張っている感じが、このスプリットタイムの変動からも見てとれます。

特徴の違いが表れるストロークテンポ

 ふたりのレース展開を泳ぎのテンポの面から見てみましょう。

表2/ふたりのテンポ(ストロークタイム=1ストローク/秒)の比較
        0-50 50-100 100-150 150-175 175-200 
フリードリッヒ 1.28 1.30  1.31  1.30  1.28
ペレグリニ   1.20 1.28  1.28  1.22  1.20

図/ふたりの200mレース中のテンポの変動(縦軸1ストローク/秒)

 表2、図をご覧いただければわかるように、フリードリッヒは極めて正確に、1ストローク0.03秒(!)のレンジで、ピッチをコントロールしていました。どんだけ精密機械やねん! という感じですね。一方で、ペレグリニの方は少し人間味があるというか、中盤に一度テンポを落ち着かせて、ラスト50mで再加速…という印象を受けます。それでも彼女もピッチの変動幅がたったの0.08秒ですから、やはり一流選手のピッチコントロールは、改めてすごいと感じることができますね。

 そんなふたりに共通するのは、最初の50mとラスト15m付近のテンポがほぼ同じ点。もうひとつは、ラスト50mについては、ターン後から75m付近までの泳ぎ始めからゴール間際に向けて、テンポが上がっている点です。全力運動を1分40秒くらいやって、さらに最後の追い込みの際に、スタート後のフレッシュな状態の時と、同じピッチで泳いでいるのです。

 ペレグリニのラストの局面での1.2秒台のテンポは、確かにキックが変則で6回打たないからできるのかな…と思えますが、彼女も最後の局面では、足の飛沫がずっと出ていますので、6回打っていなかったとしても、最後の最後は、ピッチを上げつつも、出力が下がっている腕をカバーすべく、強くキックに依存して、スピードを落とさないようにしている様子が見てとれます。

 一方でフリードリッヒは6キックのまま、1ストローク1.30秒に戻していたのですが、これがどれだけすごいか、わかりますでしょうか?

 彼女の1ストローク1.30秒で6キックを10秒間に換算すると、10秒間に46回キックを打っている計算になります。この運動を、ターンで休む時間以外1分40秒くらいずっと続けてきて、さらに最後にその動きのスピード・パワーをもう一段上げて、レースで競り勝ってきたわけですよね。

 読者の方で、今でも水泳をされていらっしゃる方がいらしたら、ぜひ壁キックでも板キックでも良いので、10秒間に46回以上バタ足を打つ運動を、何秒継続できるか試していただきたいです。きっとフリードリッヒの身体能力がどれだけ高かったかが、身をもって理解できると思います。

 引退後、日本で競泳コーチとして指導職にも就いたことのあるフリードリッヒ。現役時代から、モデル業と選手の「二刀流」だったペレグリニ。生き方は対象的ですが、200mという難しい距離の「頑張り方」を熟知しているという点では、世代が違っても、同じようなレース感覚を持ち合わせていたのではないでしょうか。女子のこの種目の「攻略法」を、彼女らが教えてくれているような気もします。

文◎野口智博(日本大学文理学部教授)

●Profile

ハイケ・フリードリッヒ(Heike Friedrich)●1970年4月18日生まれ、旧東ドイツ・ザクセン州出身。1980年代に自由形中長距離で一世を風靡したスイマー。1988年ソウル五輪では200m自由形で金メダル、400m自由形では銀メダルを獲得。ジャネット・エバンス(米国)の影に隠れがちだったが、1985年欧州選手権5冠、1986年世界選手権で4冠と、当時の東ドイツを代表する選手として国際大会で活躍した。

フェデリカ・ペレグリニ(FedericaPellegrini)●1988年8月5日生まれ、イタリア・ミラノ出身。オリンピックには2004年アテネ大会から4大会連続出場。200m自由形ではアテネ大会で銀、2008年北京大会では金メダルを手にした。世界選手権でも長きにわたり活躍し、2017年ブダペスト大会では200m自由形では6年ぶりの優勝、同大会通算5個目の金メダルを獲得した。

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