現在は会社経営者として、水泳やその他スポーツに関する事業を展開している北島康介。さまざまな方面でも変わらず存在感を発揮しながら、1月27、28日に行なわれる自身の名前が冠せられた大会、KOSUKE KITAJIMA CUP 2018(第11回東京都選手権水泳競技大会東京辰巳国際水泳場/入場無料)の運営にも携わるなど、その存在感を発揮しているが、北島は今何を思い、人生を歩んでいるのか。インタビュー後編は、現在展開している事業への思いを中心にお届けする。
★「寝て起きて、背中が痛いという感覚も(笑)」
――2016年4月のリオ五輪選考会の日本選手権を終えて引退を表明してから、約2年間が経ちますが、陸上での生活には慣れましたか(笑)。
北島 24時間、水に入らない日が続いていますが、意外とすっきりしているというか、水に入りたいなと思うこともほとんどないですね。
――言葉では足りないくらい水に入っていましたからね。
北島 もう十分だよ、というくらい(笑)。ただ、振り返って思うのは、水に入るということは、本当に強くなりたいという目的を持ってやっていたことなんだな、ということです。引退して以降は、自分の時間をたくさん持つことができました。家族との時間、仲間との時間、今までお世話になった方々との時間が増え、そうした時間を過ごしながら、まだまだ自分には新しく学ぶことがあるなということも実感しています。
あと、寝て起きて、背中が痛くなるという感覚も(笑)、現役時代にはないものでした。
――一般の人と同じように(笑)。
北島 もうアスリートじゃない自分を感じます。それでも周りからいまだにアスリートとして見られるところもあるので、その部分は辛く感じることもたまにあります。
――現役時代は、北島さんにしかわからないプレッシャーを受けていたと思いますが、引退後も日本の様々なスポーツシーンに顔を出すなど、変わらず存在感を発揮しながらも、良い意味で現役時のプレッシャーからは解放された印象も受けます。
北島 そうですね。引退して思ったのは、現役時代は本当に水泳のことだけ考えていたけど、本来自分は他のスポーツにも興味があるんだなと。やっぱりスポーツは面白いですよね。現役時代は自分で必要な情報、必要でない情報を意図的に選別していましたけど、引退するとその壁がなくなったので、すっと情報が入ってきます。もちろん選手のときも興味のあることには興味を持っていましたけど、自分は結構はっきりした性格だったんだなと、あらためて感じます。
★幅広い水泳普及と指導者育成
――キタジマアクアティクスのみならず、近年ではトレーニング用具の販売やセミナーを展開するパフォームベタージャパンのゼネラルマネジャーも務めています。事業を展開する上での難しさ、楽しさはいかがですか。
北島 やっぱり難しいですよ、いろんな意味で。選手時代とは比べたくないですけど、事業って、自分の思いだけで事が進むわけではないですからね。現役時代は「北島康介」という名前で生きていけた部分もありましたけど、社員を養わなければいけないわけですし、一つの事業を大きくしたり、次のステップにいくときには大きなパワーが必要となってきます。事業は、自分の中に決断を下すための芯がないとできませんね。
2009年から始めたキタジマアクアティクスについては自分のベストパートナーである細川大輔の指導力や性格もあって、広がりを見せています。
――競泳だけじゃなく、OWS(オープンウォータースイミング/海や湖で泳ぐ競技)やライフセービングの講習もあります。
北島 もともとトップ選手の育成を目的としていたわけではなく、幅広い年齢の、より多くの人たちに水泳の楽しさを伝えていきたいという思いがあって立ち上げたので、着実に形にはなってきていると思います。こういう展開をしているクラブも少ないと思いますので、自分のやり甲斐にもなっています。あとは健康や病気予防の一つとしても水泳事業を考えていますし、そのための指導者育成も一つの仕事として考えています。
――指導者の育成という意味では、パフォームベタージャパンでも、トレーニング用具の販売以外に積極的にトレーナー向けのセミナーを展開しています。パフォームベターは米国が拠点の会社ですが、日本法人として展開するきっかけは何だったのでしょうか。
北島 自分が現役時代にお世話になっていたトレーナーとのつながりから、米国でトレーナー向けのトレーニングセミナーがあるという話を聞いて、足を運んだのがきっかけでした。その規模は自分の想像を超えるほど大きく、トレーナー同士の交流が盛んな様子にも刺激を受けました。日本では手に入りにくいトレーニング用具もあり、様々なトレーニング用具やトレーニング方法を日本のアスリートにもっと伝えたいと思いました。
用具の販売はもちろん、トレーナー育成も展開しているのは、自分が現役時代、多くのトレーナーの方々に支えられてきた経験があるからです。選手たち自身がドクターを含めて優秀なトレーナーを選べる環境を作ることができればという思いもあります。また、選手にとってドクターやトレーナーがいかに重要かということも伝えていくことができればと思います。
また、競技者のみならず、一般の方へのトレーニング方法は、競技者用の内容から落とし込めるものが多いことも見えてきました。
ビジネスですからモノやコンテンツを売ることが目的なので、“何、理屈をこねているんだ”と思われるかもしれませんが、やっぱり事業に反映される自分の意志って大切な部分だと思います。自分自身は良いトレーニング用具や人々と米国でも出会えたし、自分が今、扱っていない商品でも良いものはたくさんあります。そういうものを自分が選んで多くの人々にオススメできるよう、勉強してきましたし、これからももっと学んでいきたいと考えています。
――その意味ではご自身のアスリート経験が現在の仕事に生かされている。
北島 ベースはやっぱり水泳ですからね。水泳を通して知り合った方々との縁が事業につながっています。
――仕事ですから、うまくいかないときもありますか。
北島 うまくいかないときの方が多いですね。引退して自分自身がすっきりした、という部分だけで見られることもいまだに多いですが、経営者として自分にのしかかるプレッシャーはものすごく大きいですし、それこそ引退直後は寝られない日が続いたこともありました。
――現在の北島康介には慣れてきましたか。
北島 だいぶ、慣れてきましたね。1年前に比べるとそれは感じています。大変なことはありますけど、やり甲斐もあります。
――話していると、良い意味で性格が変わらない印象を受けますね。
北島 性格って変わるもんですか?
――環境の変化が大きくて性格が変わる人もいます。
北島 でも、自分では変わっていないつもりでしたけど、引退直後は「冷たくなったね」とか言われたこともあります。あと、「変わったね」と言うのが好きな人もいますけど(笑)、本質は変わっていないと思いますよ。もともと勝負することが好きな性格ですし、水の中で勝負していたのが、陸に上がっても、勝負したいところは勝負したいという思いはあります。たまに、周囲を見ていても、「もっとチャレンジしてもいいのではないかな」と思ったりすることもあります。
――今後の展望は。
北島 今後ですか?(笑) 今は目の前のことでいっぱいいっぱいです。ただ、もっともっと、日本のスポーツ界に貢献できる部分もあると思いますので、特にパフォームベターは水泳に限らず、いろんなスポーツに通じるトレーニングに関連した事業ですので、拡げていければと考えています。
★KOSUKE KITAJIMA CUPへの思い
――さて、水泳界にも継続して貢献しています。ご自身の名前が冠として付いている東京都選手権水泳競技大会、KOSUKE KITAJIMA CUPも3年目を迎えます。冠のついた最初の年、2016年にはご自身も選手として出ていますが、正直、自分の名前が大会名として付くことについてはどのように感じましたか。
北島 だいたい大会に人名が冠せられる方って、昔の偉人ですよね。なので、え? 気持ちわるっ! と思ったりもしました、というのは冗談です。真面目な話、東京都水泳協会の理事を務めさせていただいていることもあり、選手生活最後の年でしたし、東京生まれの東京育ちなので、そういう大会が1月のこの時期にあることを示すために貢献できれば、という思いで引き受けました。
――冬場の泳ぎ込みの成果を試す意味では、良い時期の長水路大会です。
北島 より多くの選手に出場していただきたいですし、状態の確認をすることが目的でも、はまれば良い記録で泳げる時期です。
――一昨年は100m自由形、昨年は200m自由形で池江璃花子選手(ルネサンス亀戸)が2年続けて日本新記録、昨年は渡辺一平選手(早稲田大)が、北島さんが2008年に同じコースで樹立した200m平泳ぎでの世界新記録をたたき出しました。
北島 10月、11月からベースを作ってきた選手が自分の状態を確かめる時期の大会でもあります。自分が現役のときは、2月に日本短水路選手権がありましたけど、そこで良い泳ぎができれば、夏の国際大会の代表選考を兼ねる4月の日本選手権に弾みがつきますし、逆にライバルに良い泳ぎを見せられると、焦りを感じたりもします。選手からすると、長水路である程度、この時期でもはまった泳ぎをしないといけないというプレッシャーのある大会だと思います。
――冠のついた初年度からは小学生の部も設けられました。
北島 そうですね。そうした取り組みは、現場からの意見を反映した結果ですが、子どもたちにも日本のトップ選手を間近で見る絶好の機会でもあります。
――今年は1月27、28日の2日間、場所は東京辰巳国際水泳場にて開催されますが、今後はどのような大会にしていきたいですか。
北島 選手目線でいえば一番は良い記録で泳ぐことですが、応援してくれるスポンサーの方々にも喜んでいただいたり、より多くの企業が水泳に目を向けてくれていることを、選手たち自身が知らなければいけない部分もあると思います。ただ泳いでいればいいというのではなく、いろんな方々が応援してくれることを若い人たちには知ってもらえる大会にできれば。本当に多くの方々にご協力いただいていますからね。また、より多くの方々に日本のトップ選手の泳ぎを見ていただける大会でもあります。入場無料なので、多くの方々に足を運んでいただきたいですね。
聞き手・文◎牧野 豊
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