スイマガWeb連載第2弾は「スイミング・グローバル・ウォッチ」。このコーナーでは、大会等の競技リポートではなく、競技周辺で起こった世界の事象をピックアップし、選手やコーチに参考になる形で掘り下げ、ご紹介していきます。筆者は本誌「ワールドトピックス」でお馴染みの望月秀記氏。第1回目はスーパースターの引退後に直面した困難な状況から、競技や社会生活におけるリーダーシップについて掘り下げていってみたいと思います。トップ選手の事例ですが、競技に打ち込んでいる選手にも投影されるものでもあるので、大いに参考になる部分もあるはずです。
元自由形スター・ハケットの事例
アメリカで最も影響力のある新聞の一つ、『ニューヨーク・タイムス』紙は今年9月21日の電子版で、男子1500m自由形で数々の世界記録を打ち立てたグラント・ハケット(豪州)が現役引退後に社会に適合できず、精神的な病にかかっていることを報じた。また、社会復帰を目指している過程で、マイケル・フェルプス(米国)が友人として支援しているストーリーを同時に掲載した。ハケットとフェルプスは、昔から仲の良い友人だったが、フェルプスもまた、選手引退後に飲酒運転で逮捕されるなど、社会に適合できずに、自らを見失った経験がある。つまりハケットに精神的なアドバイスやサポートを申し出たというわけだ。
ハケットといえば1500m自由形で2000年シドニー、04年アテネ大会においてオリンピック連勝を成し遂げるなど、自由形長距離の世界的スターだった。引退後、一時はビジネスマンとして成功を収めるものの、社会に馴染めずに、酒に溺れるなど、警察沙汰をたびたび引き起こし、一時行方不明になるなど、その奇異な行動がマスコミに取り上げられて、余計に引きこもりのような状態になってしまった。
選手のリーダーシップ、コーチのリーダーシップとは?
さて、社会に適合できないという問題は、国境を越えて、様々な競技で起きている現象のようだ。これは果たして選手個人だけの責任といえるだろうか? ハケットのように、水泳界では圧倒的なリーダーシップを見せていた人間が、社会生活では全く歯が立たなくなってしまうのはなぜなのか? 年少時から長期間にわたって指導しているコーチの責任とリーダーシップはどのように考えるべきだろうか?
リーダーシップの定義は幅広く、様々な議論がある。学問としても研究されているが、一言でまとめるとすれば、「現在、将来の周辺環境を分析・予測し、一定の方向性を見出す。個人あるいは集団を、その方向性において説得・納得・リードし、最高の結果を導きだす」ということになる。つまり、個人がグループを引っ張ることのみならず、自分自身の目標に置いても発揮されるものとして、とらえて読んでいただければと思う。
競泳においては、激しく変化する世界のレース環境のなかで、世界選手権やオリンピックのような大舞台に向けた、トレーニング・調整・レース本番という過程がまさにリーダーシップそのものなのである。こうした問題は、トップ選手や競泳界だけでなく、さまざまな競技で起きている事象でもあるようだ。ある競技では圧倒的なリーダーであっても、社会に出るとそうではなくなってしまう。そこからの対処方法が自分も周囲も分からず、モチベーションの低下が起き、転落が始まる…。そもそもリーダーシップとは何か、というトレーニングがスポーツ界においては決定的に不足している。
そこで今回は、コンサルティングの世界で世界的に活躍するコーンフェリーグループの「リーダーシップスタイル」の分析を紹介したい。スポーツだけでなく、私たちが日々、目にする政治や経済においても、リーダーには様々なスタイルがあるが、コーンフェリーグループは長期間の調査のなかで、6つの「リーダーシップスタイル」の構造を理解し、それを状況に応じて「使い分ける」ことが有効だと結論づけている。そのスタイルとは以下のようなものだ。
⒈ディレクティブ(DIRECTIVE):
→緊急な状況、短期間に正確で重要な判断を下し、実行に移す能力
⒉ビジョナリー(Visionary):
→将来的にどうありたいか?この問いを深掘りし、長期的なビションと方向性を示す
⒊アフィリエイティブ (Affiliative):
→周囲の匂いを嗅ぎ、ハーモニー(協調性)を醸し出し、不必要な感情的な争いを避ける能力
4.パーティシペイティブ (Participative):
→困難があってもやり通すコミットメント(実効力のあるやり方)があり、新しいアイデアを次々に繰り出す
5.ペースセッティング (Pace setting):
→常に高いゴールを目指し、新しい基準を生み出そうとする
6.コーチング (Coaching)
→長期的な競技能力の向上をリードする
コーンフェリーは、どの世界においてもこの6つの能力がリーダーには決定的に重要だと指摘している。もちろん、こうした能力を育てるためには、一つひとつのリーダーシップについて、切磋琢磨しなければならない。
ハケットの記事に戻ると、才能豊かな選手が幼少期から圧倒的な競技成績を残している場合、競技においてこうしたリーダーシップスタイルを多かれ少なかれ実行しているにも関わらず、「その構造を理解していない」または指導者も教えることが難しいということが、将来のオポチュニティーとして見えてくるのではないか。
「ニューヨーク・タイムス」では、かつてのトップ選手が過去のような活躍ができなくなったとき、一般社会生活でも一流であることの難しさを、ゴルフのタイガー・ウッズの例なども出しながら、報じている。取り組みを深めるのは、まさにこれから、といえるだろう。
このコーナーでは、競技そのものではなく、最近起きた「競技周辺」の事例を拾い出し、日々のトレーニングに参考になる情報を提供していきたい。
文◎望月秀記
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