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2018-10-15

【陸上男女短距離】2人のオリンピアン 復活期す加藤修也と土井杏南の現在地

10月14日の日大競技会に、加藤修也と土井杏南という2人のオリンピック選手が出場していた。そこには、再び輝くために自分と向き合っている2人の姿があった。

※写真上=今年の静岡国際での加藤修也(写真/小倉直樹)

 トップ選手たちがシーズンの幕を下ろす国体から1週間後。10月14日の日大競技会に訪れると、2人のオリンピアンがいた。男子400mの加藤修也(HULFT)と女子100mの土井杏南(JAL)。2人は手書きのゼッケンを付け、中高生たちに交じってレースの準備をしていた。

加藤修也/イメージはできている

 加藤修也は静岡・浜名高時代にインターハイ400mで優勝し、45秒69の高校歴代2位の記録を持つ。桐生祥秀(現・日本生命)と共に、この世代を代表するトップスプリンターだった。

 早大に進学してからも、世界ジュニア銀メダル、日本インカレ優勝と実績を残し、日本代表としてもアジア大会5位やリオデジャネイロ五輪4×400mR代表として国際大会で活躍。だが、ケガの影響もあり、最終学年となった2017年は関東インカレ・日本インカレ共に個人で出場できずに大学シーズンを終えている。

 社会人1年目の今年はHULFTに所属し、東海大を拠点として新たなスタートを切った。しかし、日本選手権など大きな舞台にその姿はなかった。

 レース後、「久しぶり?元気?」と声を掛けると「見ての通りです」と苦笑いした。48秒47の2着。自己ベストからは程遠く、前半こそ積極的に展開したが、最も得意とする後半を生かす姿は見られなかった。

「去年の練習が足りていない分、タンクが小さくてガソリンが全然足りません」

 競技会の少し前には、テレビ番組で引き立て役に甘んじるというシーンが放送された。もちろん、誰かに悪気があったわけではないし、現状を考えれば知名度が下がっているのは仕方のないことかもしれない。しかし、加藤本来の走りを一度でも見たことがあれば、その大きなストライドを生かした走りと、後半の驚異的な強さに魅了されたことがあるはずだ。

「今年は大きなケガをしませんでした。イメージはあるので、少し考えていかないと。東海大で取り組みつつ、高橋和裕先生(高校時代の恩師、元200m日本記録保持者)にもアドバイスをもらおうかなと思っています。バラエティー番組でイジられている場合じゃないんで」

 苦手な前半を克服して攻めるのか、得意の後半だけに絞るのか――。世界で戦うために必要な走りを長く模索し、苦しんでいた姿もあった。まずは自分の特長を再確認し、土台をつくる作業に入る。

環境が変わり、再び自分の走りを見つめ直している加藤(写真は静岡国際時のもの/中野英聡)

土井杏南/もう一度ゼロから

 土井杏南は加藤と同学年。「修也くんともさっき『久しぶり』って話したんです」と懐かしんだ。

 その名は、幼いころから全国区だった。特に埼玉・朝霞一中時代にはタイトルを総なめにし、中学記録11秒61は今も残る。埼玉栄高に進んでからも、高1最高11秒60、高2最高&高校記録11秒43と次々と更新。“天才少女”と騒がれ、2012年ロンドン五輪には4×100mR代表に選ばれ、戦後史上最年少出場を果たした。

 大東大に進学し、1、2年時はある程度トップで成果を残したが、3年時の日本選手権100mでは予選落ちして大粒の涙を流した。大学最後の年となった昨シーズンも、順調に冬を越えたが、4月の織田記念で左太ももを肉離れ。その後2度目も同じ個所を故障した。12月には左ふくらはぎも痛め、ほとんど冬期練習を積めないまま今シーズンを迎えていた。

「大学の後半は、何が良くて何が悪いのかも分からない状態でした。『普通に走ればいいんだよ』と声を掛けていただいても、その“普通”が分からなくて……」

 今シーズン、11秒台をマークしたのは5月の一度だけ。土井もまた日本選手権など大舞台に立つことはなかった。日大競技会でも、組1着だったが12秒31(-1.1)。鋭いスタートから、会場がどよめく圧倒的な加速を、長い間見られていない。

「ケガをしたことで、何が足りないのかを考えられるようになりました。どうしてもハムストリングスに頼った走りで、骨盤や臀部(お尻回り)の大きな部分を使えていません。左右差もあるので、それでケガをしてしまいました。良いときは何もしなくても速く走れましたが、今は練習内容も見直して、もう一度ゼロからつくり直しています。まずは、お尻周辺をしっかり使える走りをしたいです」

 そして、最後に笑顔でこう言った。「本当に悔しかったんで。私、絶対に勝つんで!」。能力だけで突っ走っていた“天才”の過去はもう振り返らない。

ケガを期に自分に不足していることが分かったという土井(写真は全日本実業団のもの/中野英聡)

 活況の男子短距離に置いていかれ気味の男子ロングスプリント、そして女子短距離。2020年東京五輪、そしてその先につながるためにも、2人の完全復活は絶対不可欠だ。

 共にこの日大競技会でシーズンを終えた。「早く冬期練習に入りたい」。まったく同じ言葉を使った2人。その目は死んでいなかった。

文/向永拓史

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