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2018-10-09

【福井国体】 男子100m・山縣のライバルだった男 和歌山の九鬼巧が福井で刻んだ復活への第一歩

10月5~9日、福井県で国体の陸上競技が開催された。注目を集めた男子100m。台風の影響で強い向かい風が吹いたが、山縣亮太が貫禄の勝利を収めた。その隣を走り抜けていた、同い年の男は、ひそかに、でも確かに、復活の兆しを見せた。

写真:福井国体男子100mの決勝の様子。オレンジと緑のユニホームが九鬼巧

山縣の隣を走りたい

 福井国体2日目。台風25号の影響で、5日間通してよりによってこの日だけが強烈な向かい風になった。

 昨年、日本インカレで桐生祥秀(東洋大、現・日本生命)が男子100m日本人初の9秒台となる9秒98をマークし、「9.98スタジアム」と命名されたこの福井の競技場で、再び歴史が刻まれるのか――そんな思いで8,000人を超える観衆が集まった。

 注目を集めたのは山縣亮太(広島・セイコー)。日本最強のスプリンターで、今季はアジア大会100mで10秒00の銅メダルを獲得している男だ。さらに、アジア大会200m金メダルの小池祐貴(北海道・ANA)、日本インカレ100mで復活を遂げた永田駿斗(長崎・慶大4年)と合わせ、“慶大トリオ”にメディアは殺到した。

 予選4組。2レーンの山縣は向かい風2.1mのなかで10秒53。そのスピードに観衆はどよめいた。その3つ隣のレーンにいた、慣れ親しんだオレンジと緑のユニホームに身を包んだ男が、10秒68と食らい付いた。

 九鬼巧だ。「タイムは計算していなくて、まずは準決勝に進むことでした」。調子も良く、自己ベストやそれ以上の記録は出る準備はしてきたが、この条件では勝負に徹していたという。

 九鬼と山縣は同い年で、高校時代はライバルだった。2008年、高校1年の国体100mでは山縣がタイトルを取り、翌年には共に世界ユースに出場し、入賞を果たしている。だが、高校2、3年時のインターハイでは、和歌山北高だった九鬼が100mで2連覇。秋の国体では山縣が10秒32で優勝し、九鬼が10秒47で2位。勝ち、負けを常に分け合ってきた存在だ。

「大学以降はずっと山縣の方が活躍しているんで」(九鬼)

 山縣は慶大1年で10秒23のU20日本新(当時)を樹立。2年時にはロンドン五輪100mに出場し、準決勝に進出した。一方の九鬼も、早大に進学してロンドン五輪にはリレーメンバーとして選ばれ、走ることはできなかったが山縣と共に日本代表になった。3年時には10秒19までベストを更新したが、ケガもあってフォームを崩してしまう。大学卒業後はNTNに入社して競技を続けたが、10秒4前後にとどまっていた。山縣が個人、リレーで活躍するのを、かつてのライバルは遠くから見ているだけだった。

 準決勝も同じ組に入った。今度も3つ隣だった。山縣が10秒39(-1.6)、九鬼は10秒49で2着。明らかに調子が良さそうに見える。「スタートでどれだけしっかり出て、しっかりと抜け出していけるか」。そして、「山縣の隣で走りたいですね」と笑った。

決勝では山縣と九鬼が隣のレーンになった(写真/田中慎一郎)

もう一度、泥臭く

 そして迎えた決勝。山縣の隣には、九鬼がいた。この日、最も強い5.2mの向かい風。山縣のフォームは崩れることなく、10秒58で完勝。好調の小池が続き、九鬼が3位だった。

「やっと隣で走れました。やっぱり、速いですね。もちろん、負けたくはないんですが、隣で走ると僕に足りないものが分かるんです」

 九鬼は笑顔だった。

「僕も26歳になって、来年、再来年、どうこうということはないのですが、『いつまで競技ができるのかな』と考えるようになりました」

 このままじゃ終われない。かつてのライバルは遠い存在になったが、だまって見ていたわけではなかった。今年の日本選手権で8位に終わった後、「今のままでは上には行けない」と、練習スタイルを変更し、改めて泥臭い練習をするようになった。厳しいサーキットトレーニングなどを行い、接地、体の軸など徹底して鍛え抜いたという。

 隣で走って感じたこととは? 「彼がいつも言いますが、やはりトップスピードを高めていかないといけません。やってきたことが形になったと思います。良い形でシーズンを終えられました」と話し、その表情には充実感が漂っていた。

惜しくも3位に敗れたが、良い形でシーズンを終えた九鬼(右、写真/田中慎一郎)

 九鬼は、中3の国体4×100mRに出場して以降、これまで12年連続出場の皆勤賞。一般になって最も良い順位となり、「半分くらい入賞しているんですが、今年も少しは貢献できたかな」と笑った。

「ケガもないし、まずは自分の記録(10秒19)を更新したいです。現実が見える年になって、これから1年1年大事にしてチャレンジしていきたい」

 不器用な男ゆえ、少し遠回りしたかもしれない。それでも、誰からも応援される男が確かな復活の一歩を、100mの歴史が変わったこの福井の地で刻んだ。

文/向永拓史

表彰台に立つ選手たち。活況の男子100mで九鬼の復活に期待だ(写真/田中慎一郎)

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