福岡ソフトバンクの千賀滉大投手、石川柊太選手が鴻江寿治トレーナーが提唱する「鴻江理論」を基に成長を遂げたことは広く知られている。その理論を指導に活用しているのが越谷ボーイズだ。中学生選手のパフォーマンスアップと障害予防に努める指導方針を掲げてチームを運営する上で「鴻江理論」を取り入れた理由はどこにあるのだろうか。
1998年に創設され、現在、埼玉県越谷市内で唯一の中学硬式野球チームとして活動する越谷ボーイズ。2016年に就任した金澤正芳監督は「管理と自由」をテーマにチームを導いている。
写真/ベースボール・クリニック
「管理」はあいさつや礼儀など、社会生活を送る上で欠かせない人間的な部分で疎かにならないよう指導の視線は厳しい。一方の「自由」は野球の技術的な要素。「野球を楽しくプレーしてもらいたいと思っています」ととらわれることはない。
監督に就任して間もないころはミスに対して声を荒げ、技術的にも押しつける指導に偏る面があったという。変化のきっかけとなったのが金澤監督自身の息子が野球から離れてしまったこと。
「細かいところまで指導し過ぎて、野球をきらいにさせてしまったんでしょうね。よその家庭の子どもを預かっているんですから、大事にしないといけない。そこから自分自身を変えるとともに選手にとって良いと思えるものを徐々に取り入れていきました」
現在は年に2度、医療者によるメディカルチェックを行い、肩・ヒジ・腰に頻出する野球障害の予防に努める。体力測定で出た数値は紙に張り出して「見える化」。ほかの選手や過去の自分と比較できるようにし、モチベーションを高める工夫を凝らす。
そして、この春、チームに紹介したのが「鴻江理論」。骨盤の開きの左右差により猫背型と反り腰型の体の特徴が表れることに着目した鴻江寿治トレーナーが提唱する理論で、育成選手だった福岡ソフトバンクの千賀滉大や石川柊太が取り入れ、一軍で活躍するまでに成長したことで知られる。
「野球の勝敗の7~8割はピッチャーと言われていますし、一部の投手が投げ過ぎの状態になることを回避するためにも、多くのピッチャーに育ってもらいたいものです。ただし、型に押しつけるような指導では、一時的にはパフォーマンスが上がったように見えても、自分で考えていないので技術が定着しづらいですし、カベにぶつかったときの発展性も出てきません。自分で技術を考えるには、まず、自分の体を知ることです」
それが「鴻江理論」をチームに広めた理由だ。
鴻江理論によると、右の骨盤が閉じて左の骨盤が開いているのが猫背型の「うで体」で、逆に右の骨盤が開き、左の骨盤が閉じているのが反り腰型の「あし体」。判定するには、左右の足をうで体は左側に上げやすく、あし体は右側に上げやすい特徴が骨盤の開きから現れるため活用しやすい。こうした骨盤の左右差、体のゆがみが各人に存在し、それによって動作に違いが表れることは鹿屋体育大で行った研究で実証されてもいる。
そして、この体の特徴を右投手の動作に当てはめると、左の骨盤が開き投げる方向に開いていきやすい「うで体」は軸足重心の時間を長くすると力が発揮しやすい。腰は開いていってしまうため、左肩を投げる方向に真っすぐにスライドさせながら併進移動を行い、体の回転軸はヘソの下の丹田から伸ばす。
逆に左の骨盤が閉じていて投げる方向に体が回りづらい「あし体」は左肩を引くように回して投げると力が発揮しやすい。左腰を投げる方向に真っすぐにスライドさせながら併進移動を行い、体の回転軸を背中側の仙骨から伸ばすと引く力を使いやすくなる。
「例えば、右投手のうで体の場合、開きやすいと理解しているので、『軸足の重心を意識しよう』『左腕のカベを意識しよう』などと考えている様子があるのが良いですよね。骨盤は開いている側に回っていきやすく、閉じている側に回りづらい特徴を理解して、それを自分のタイプに照らし合わせてフォームを考えられるようになれば、自然と成長していくと思います。自分の体に合った動きは障害を予防することにもつながるので、鴻江理論がその大きなヒントになると良いと考えています」
金澤監督自身、野球の動作において「突っ込み」や「開き」は避けるべきものとの先入観もなくなった。「体が投げる方向に回りにくい右投げのあし体タイプの場合、『もっと突っ込んで』『もっと左肩を回して』という言葉が有効なことがあります」。動作を言葉で伝えるときによく起こる話し手と聞き手に言葉の解釈の齟齬も、「鴻江理論」のタイプを踏まえた共通言語を持って話を進めることで解決しやすくなった。それによって選手の体の特徴に適したコーチングを行えるのもメリットだ。
「『鴻江理論』は“自由”に野球の技術を考えるための情報提供の一つです。野球を続けていくと、あらゆる段階でカベにぶつかることが出てくるわけですけど、知識の引き出しが豊富にあれば、そこから自分がチョイスしてそのときに合うものに取り組んでいけばいい。その土台として体のことを学ぶことは大事です」
発達過程にある体を守りながら、将来にも生きる知識の提供を続けるのが中学生選手指導の肝と心得る。
「社会に出たときのことを考えても、自分で考えて行動することが大事です。そのためには知識が必要です。野球も技術のことを考えるにあたり、自分の体のことを知らないと答えが見つかりません。その上で理にかなった科学的な手法で取り組むことがパフォーマンスの向上にも、障害を防ぐことにもつながるのではないかと思います」
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