ソフトボール・マガジンで連載中の『さゆ先生のピッチングクリニック』。元日本代表の山根佐由里さんによる、ピッチングの技術紹介企画です。ソフトボール・マガジンWEBでは、過去に掲載した記事を順々に紹介してきます。今回は、その3回目。ピッチング技術を紹介する前に、山根さんのソフトボール人生を振り返っていただきました。

中学校時代の思い出
(1)ライバルと切磋琢磨

 中学は地元の度会町立度会中学校に進みました。町内の2チームに入っていた子たちがみんな度会中に進んだので、必然的にソフトボール部のレベルは高かったですね。1個上には西岡里恵さん(元Honda)がいて、その一つ上の代にも良いピッチャーがいたので、私が最初に守ったのはセカンドでした。

 当然、試合には全然出られなくて、ときどき代打で出させてもらうくらい。だから、試合のときはSBO(ストライク、ボール、アウトのカウントを示すボード)係ばかりやっていました。

 すごく覚えているのが、トリプルヘッダーだったときに1度も間違えずに先生から褒めてもらったこと。見ていてくれていたんだと驚きましたし、普段はすごく厳しい先生に褒めてもらって、なんだか恥ずかしいようなうれしいような、そんな気持ちが芽生えたのを覚えています。

 3年生の先輩が引退してからは、いつも西岡さんと一緒にピッチングの練習をしていました。ピッチャー専門の指導者がいたわけではないので、二人で交互にキャッチャーをしながら1日150球ぐらい投げていたと思います。当時は疲れ知らずでしたし、投げることが楽しくて練習は苦ではありませんでした。

 あるとき先生に、「この配球どおりに投げてみなさい」と言われて、それからはそのとおりに投げるのが毎日の課題になりました。今でも覚えているんですけど、まず1球目はインコースに投げて、2球目はアウトコース。3球目は少し外して緩めのボール、4球目は胸元、5球目はアウトコース、といった具合です。今のは右バッターバージョンですが、左バッター用もありました。西岡さんと「今のはもう少しこっちだったね」とか言いながら投げていましたね。

 当時は、楽しさしか感じていませんでしたが、いま思うと先生はすごく良い練習方法を提示してくれていたんだなと思います。なぜなら、本人たちは遊び感覚でも、制球力を高める練習になっていたからです。

 あと、よくやっていたことと言えば、ピッチング練習のときに足を踏み出す方向に線を引いて投げること。これは小学校のころからやっていましたね。引いた線よりも踏み出した左足が内側に入っていたら、修正するようにしていました。上手に足を踏み出せていないときは、どうすれば線上に踏み出すことができるか、自分で考えながら投げていましたね。

 あとは、10球続けて同じコースに投げる練習。これも小学校からやっていましたが、続けて投げることで、そのコースに投げるための身体の動きが、自然と見につくんです。ちなみに実業団に入ってからは、球数が増えて50球になりましたが、制球力をつけるのに持ってこいの練習だと思います。

 それと、遠投もよくしていました。腕をしっかり振らなければ相手にボールが届かないので、遠投の練習をしたおかげで腕の振りが大きく、速くなりましたし、無駄な動きもなくなったと思います。

 ちなみに、そんなときも西岡さんとフォームのチェックをし合うことは忘れませんでした。専門の指導者がいない分、自分たちでやるしかなかったんです。ライバルとして切磋琢磨することができました。(ソフトボール・マガジン2018年10月号掲載記事)

講師プロフィール

山根佐由里(元トヨタ自動車)
やまね・さゆり/1990年1月24日、三重県出身。右投右打。投手。宇治山田商業高-レオパレス21(2008年~09年)-トヨタ自動車(10年~17年)。高校3年時に世界ジュニア選手権で準優勝。レオパレス21時代の実業団1年目に新人賞に輝く。トヨタ自動車移籍後、12年から16年までの5年間でリーグ記録の42連勝を打ち立て、14年には最優秀投手賞を受賞。日本代表では10年、14年、16年と世界選手権出場。17年限りで現役引退。

画像: 講師プロフィール

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