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2021-01-26

【プロレス】三沢が帝王・高山から至宝奪還 2002年9月、NOAH武道館

三沢と高山がにらみ合う

2002年9月23日に武道館でおこなわれたGHCヘビー級選手権王者・高山善廣VS挑戦者・三沢光晴。戦前、高山は挑戦者に秋山を指名したのにもかかわらず、社長三沢が挑戦権を強奪。「負けたら二度とベルトに挑戦するな」という高山の出した条件を受け入れ、三沢は決戦に臨んだ。

 2002 年9月23日、NOAH武道館大会で王者・高山善廣vs 挑戦者・三沢光晴のGHCヘビー級選手権がおこなわれた。当時の高山はPRIDEでドン・フライと壮絶な殴り合いを繰り広げ、新日本で外敵として猛威を振るい、G1で決勝に進出。NOAHでは同年9月7日に小川良成からGHCヘビー級王座を奪取。まさに“プロレス界の帝王”たる大暴れを見せていた。

 高山はGHCヘビー級王座をエサにして団体の枠を越えたいろんな選手と闘って、プロレス界を活性化させようとしていた。だが、その前に立ちはだかったのがNOAHの象徴。三沢は高山の出した「今度の試合で負けたら二度とベルトには挑戦するな」という条件を受け入れて決戦に臨んだ。

 三沢は猛攻をしのいでこれまでいくたの困難を乗り越えてきたエルボーで勝利。左肩肩鎖関節脱きゅう&右目眼窩底骨折という負傷を追いながらも闘い続けた高山の底力もすごかったが、NOAHの象徴が至宝であるGHCヘビー級王座を最強の外敵から取り戻すことに成功した。

「高山は強くなってるし、去年(のシングル)の倍は疲れた。今回は(タイトルマッチ撤退を)公言してたんで、後がない状態だったし、かなりきつかった。最後は気力というよりも、ファンの声援かな。力になるんだなって。あらためて大事だなって思いました」

 肉体的にも精神的にも追い込まれていた三沢を支えていたのは、ファンの期待だった。当時は総合格闘技人気絶頂だったが、プロレス界ではNOAHが確実に支持率を高めていた。

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