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2021-02-02

【私の“奇跡の一枚” 連載100】相撲界劇的復活の原点! 歴史的“非公開”場所の風景

これが本場所?と目を疑いたくなるようなあまりにも寂しい昭和20年6月場所の初日、旧両国国技館全景。歴史的大横綱双葉山の現役最後の土俵入りだったのに……。しかしこれこそが戦後大相撲復活の原点だった

長い人生には、誰にもエポックメーキングな瞬間があり、それはたいてい鮮やかな一シーンとなって人々の脳裏に刻まれている。
相撲ファンにも必ず、自分の人生に大きな感動と勇気を与えてくれた飛び切りの「一枚」というものがある――。
本企画では、写真や絵、書に限らず雑誌の表紙、ポスターに至るまで、各界の幅広い層の方々に、自身の心の支え、転機となった相撲にまつわる奇跡的な「一枚」をご披露いただく。
※月刊『相撲』に連載中の「私の“奇跡の一枚”」を一部編集。平成24年3月号掲載の第2回から、毎週火曜日に公開します。


歴史的非常事態に協会一丸で対処

世界的な新型コロナウィルス拡大を受け、無観客での本場所開催を選択した令和2年春場所、日本相撲協会の決断は見事に報われた。関係者と細心の努力とファンの協力によって、一人の感染者も出すことなく、無事千秋楽まで全取組を全うしたのだ。八角理事長以下幕内全力士が土俵に集合して全国のファンへの協会挨拶に立った姿は、日本中に大きな感動を呼んだ。

史上初の「無観客」の中での取組を余儀なくされた今場所は、あの戦争という国家的非常時(昭和20年=1945年)以来の、相撲協会の国技への誇りを如実に感じさせる75年ぶりの、特別な場所となったのである。

その昭和20年6月場所は、力士たちのためにはもちろん、ファンのために、何としても行わなければならない技量審査の場であるという親方衆の使命感から戦争のさなか、評判の円天井が焼け落ち、穴だらけとなった両国国技館で、数々の困難を乗り越え「晴天7日間の非公開場所」(史上唯一)として開催されたのだ。時代の事情もあって傷痍軍人らを若干数招待。

その春場所がいつもの見慣れた本場所とは形があまりにも違っていたのは、多くの報道でも明らかなところ。もう相撲どころではないとまで言われた戦時中の大相撲のかたちも、事情は別にしても、それと同じように感じられたことであったろう。

力士の技量審査の場である毎年2回の本場所開催は、長く相撲界の使命。明治維新以来、どんな難事が降りかかっても、いつの年でもその原則は守られてきた。

実は第2次世界大戦が激しさを増したため、両国国技館は19年に大日本帝国陸軍に接収され、風船爆弾工場として用いられていた。やむを得ず本場所を小石川後楽園球場に移すなどしてきた協会だが、戦火に追われ、次に開催が予定されていた明治神宮外苑相撲場も焼き払われたため、国技館での強行(東京は焼けても大相撲は健在とアピール!)を決めた。客席の仕切り代わりに空襲に耐え抜いたドラム缶が並ぶ。

公式には「明治神宮奉納大相撲」。雨を少しでも避けるために。行司だまりに少し土俵の位置を移した。しかし普段のように台形のしっかりと踏み固められた土俵はできないので、土俵の四方は近隣から集めた手分けして古い米俵を集めて固めた。砂は回向院の焼け跡の大金庫の下にあるのが見つかった。 

初日が現役最後の双葉山

初日は小雨。入場者は200~300人だったと聞く。その多くの人々は壁際の椅子席に陣取り、土俵を取り巻く広々とした土間に関係者がぽつりぽつりという状態だった。しかし4日目の日曜日には1000人にまでに増えたとされる。

両国国技館での取組は十両以上の力士だけ。幕下以下は事前に春日野部屋で行われた.
当時の星取表を見ると、東西幕内41人(50人中)、十両22人(29人中)が7日間務め、あとは全休か途中休場。幕下は35人(57人中)、三段目は36人(74人中)、序二段が24人(69人中)、序ノ口では7人(12人中)がそれぞれ5番取っている。こちらには「や」の字に交じって「応召」「入営」の字が記されている。

演目“異変”のひとつに物資不足、床山も間に合わないところから、大銀杏は横綱土俵入り出場力士のみとなり、ほかの関取衆は土俵入りでもちょんまげ姿での登場となったことがある。

この場所は、4横綱(双葉山、羽黒山、照國、安藝ノ海)時代で、初日が大横綱双葉山の最後の土俵姿となった(面疔を押して初日のみ出場。相模川を寄り切る。翌日より休場、次場所全休、場所後引退)として、のちに特筆されることになった。そして備州山が殊勲の平幕優勝。場所後東富士が大関昇進。

そんな苦難に満ちていたときでも、新聞はベタ記事ながら大相撲の勝敗を報じ、ラジオも「“今日の好取組”として実況風に海外まで届く放送が続けられていたことを忘れてはなるまい。

語り部=下家義久(編集部)

月刊『相撲』令和2年4月号掲載

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