須江監督が大学卒業後、2006年に秀光中等の軟式野球部の監督となると、選手評価にデータや数値を活用する方法を模索。その中で14年には全国中学校軟式野球大会で優勝を成し遂げた。18年1月に仙台育英高の監督に就任して以降も、ベースとなる数値を高校野球仕様に変えて手法を継続し、一定の成果を収めている。選手評価に「数値」という客観的な視点を用いる理由は何なのだろうか。選手評価に数値を用いる3つの理由1選手の目標を可視化する2レギュラー、メンバー区別基準の明確化3チームにかかわるすべての人への説明責任を果たす 理由は3つあります。1つは私自身の経験です。私は埼玉で中学時代までを過ごし、仙台育英高にあこがれて進学しました。ただ、入部したその日に絶対にメンバーになることは無理だと思えるくらい、ほかの部員との実力差を感じたんです。ただ、その中で過ごすうちに、「何をどのように努力して、何がどれくらいになったら試合に出られるのか」ということが知りたいと思うようになりました。選手は「肩がもう少し強ければ」「足がもっと速ければ」と言われても、どこまでいけば及第点がもらえるのか分かりません。そこを可視化すれば、選手は日々の練習に目的を持つことができると考えています。
2つ目はレギュラーの区別となる9番目と10 番目、メンバーの区別となる20 番目と21 番目(甲子園なら18 番目と19 番目)の選手に理由を明確に示したいという気持ちがあります。選に漏れた選手が「なぜ自分が選ばれなかったのか」が分かることは、逆に言うと「どうすれば次は選ばれるか」が見えているということになります。打力がある選手の基準、安定感ある選手の基準、機動力がある選手の基準、守備力がある選手の基準を数値で示して、チームとしてどのような選手を求めているかを明らかにすることで、選手がどこを目指せばいいかを分かりやすくしたいと思っています。
また、チームにかかわるすべての人への説明責任を果たす意味でも、こうした数値を示す意味はあると思っています。これが3つ目の理由です。中学生を指導していた時に実行していたことですが、測定の結果や実戦で得られたデータは評価基準とともにメールなどで保護者にも発信していました。チーム運営を円滑に行うためには、関係者の理解が必要だと思うので、選手選考のあいまいさを取り除き、情報をオープンにすることは大切なことだと思っています。高校は組織形態が異なるので、
保護者に向けた情報開示はあえて行っていませんが、選手にはすべてを発信しているので、自分の子どもを通じて情報を受け取っている保護者は少なくないと思います。
東北大会決勝で本塁打を放つなど、長打力のある秋山俊 野球は攻撃と守備の両面があり、それぞれに求められる能力は異なる。また、攻撃面だけを見ても、出塁力に秀でた選手、安打を打つことに秀でた選手、長打力に秀でた選手と、異なる特長を持っているケースが当然ある。そうした選手たちそれぞれの特長を、どのようにチーム力に落とし込んでいるのか。
ベンチ入りする20人、スターティングメンバーで出場する9人による力を、最大化するにあたっての考え方とは。
選手選考にはチームの目標設定が大きくかかわってきます。現チームであれば、「日本一」を目指していますので、そのためにはどのような選手がベンチ入りメンバーに必要かという指標を出しています。1つの指標が失点のマネジメント力で、相手の戦力との比較で、自チームの投手力と守備力によってどの程度の失点に抑えられるかを見ていきます。
現在の仙台育英は古川翼など下級生も含めて充実の投手陣を誇る 投手力が高くて失点が計算できるのが理想ですが、投手の安定感がなくて失点のマネジメントが利かない場合もあり得ます。
その程度によって、「日本一」になるために必要となる攻撃力が変わってくるわけですが、本校では、打者をA ~ Eの5つにタイプを分けています。Aは出塁重視型でカウントによってスイングしないなどの規制がかけられたり、待ち球が戦略的に考えられていたりする選手。真逆のEは限りなく長打型のスラッガータイプです。Cはその中間にあたるアベレージ型。そして、BとDは両隣のタイプの中間です。細かく言うと、Bの中にも「A寄りのB」と「C 寄りのB」があります。
そして選手たちは、次のステージを見越して、誰もがCタイプを目指していきながらも、その時点で、ゲームで活躍するための自分の色を「僕はC寄りのBタイプ」「僕はEタイプ」などと自己決定しています。
その上で、失点のマネジメント力に応じて、どのタイプが何人必要かという考え方でスターティングメンバーを選んでいきます。基本的に「AB:C:DE =2:5:2」の構成で、失点を極めて低く抑えられる場合は「2:6:1」とすると勝つ確率を上げられるかもしれません。
逆に失点のコントロールが利かない場合はABを増やして細かくつなぐか、一発長打が期待できるDEを増やして複数得点を狙うことが必要だという考えになるでしょう。また、相手投手と打力との比較で、相手が上の場合、ABタイプを増やしたほうがいいという考え方もできます。
このように、さまざまなプランが考えられる中で、大会に臨む際には相手の戦力を分析した上で、どんな打者の配分になるかを選手に示して、選手選考を行っています。
測定、データ抽出に時間をかけ、細やかな指標で選手を評価している。そこには、大きな労力も費やされているが、須江監督自身、チーム強化にこうした数値を用いる効果をどのように感じているのだろうか。ピンチにマウンドへ集まる内野陣 データや数値に寄り過ぎることは無機質な印象を与えると思います。指導者としては、選手の「勝負強さ」や「集中力」など、内面的な資質も評価しなければなりません。しかし、データや数値によってそれらを見落としてしまうことはありません。むしろ、逆にそうした人間的な魅力や強さを結果として表せる選手が浮き彫りになってくる面があります。
選手にとってのメリットは数値によって自分の現状を知ることができるので、やるべきことが明確になり、目的を持った練習が可能になることです。逐一、指導者が練習メニューを提示しなくても、自分が目指していくスタイルに必要なフィジカルとスキルは何であるのかを選手それぞれが理解できます。
日ごろの練習は、測定数値やスタッツでチームの現状を示すとともに、「日本一」という目標に必要な要素を出しているので、そのギャップを埋める取り組みをするという考え方です。勝利に貢献する選手になるために、または自分のスケールを大きくするために、自分に足りていないのはスピードなのか、サイズアップなのか、打撃のスキルなのかなどによって、選手が選択するメニューが違ってきます。
また、良い数値を得られた項目には根拠のある自信を持つことができます。自分が選手としてどういうスタイルを目指していけばいいか、方向性が分かりやすくなるのも意味があることです。現在、データの入力は選手がローテーションしながら行っているので、数値に触れる機会によって、データの意味の理解度は深まっているように思います。
個人やチームのレベルアップは、自分たちを客観視することによって可能になります。試合でジャイアントキリングを起こそうと思えば、必要なのは相手の分析よりも自分たちの分析です。作戦の選択も自分たちがどういう能力を持っているかを起点に考えるものです。
例えば、ゴロが多い選手が打席にいれば、一塁走者を進めるのにバントのサインではなく、ヒットエンドラン系のほうがチャンスが広がる可能性が上がります。その選択を可能にするのも自己分析です。
野球の本質をとらえて抽出するデータによるこうした取り組みは、選手にとって練習の目的の理解を深めることになりますし、それによって練習の効率化が図れます。技量や人数、環境の差に関係なく、取り組むべきものだと私自身は考えています。
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【ベースボールクリニック2020年11月号掲載】