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2021-05-04

【プロレス】武藤敬司の名言「ゴールのないマラソン」はいかにして生まれたのか?

29歳の武藤敬司

 現在、武藤敬司はGHCヘビー級王者としてNOAHをけん引している。58歳という年齢になっても輝き続ける“天才”が語った名言の1つである「ゴールのないマラソン」。その言葉はいかにして生まれたのか?

 時は1992年。新日本プロレスが初めて1月4日に東京ドーム大会を開催。プロレス専門週刊誌「週刊プロレス」が同大会の詳報号を発売。名言「ゴールのないマラソン」という言葉が飛び出したのは、その中に掲載された武藤のインタビューだった。

 武藤は1984年10月5日に新日本プロレスでデビュー。1985年11月よりアメリカ遠征に出発。翌1986年10月9日、“スペース・ローン・ウルフ”として凱旋を果たし、トップ戦線に参入。88年1月に再び海外武者修行に出発。同年7月に同期の橋本真也、蝶野正洋とともに“闘魂三銃士”を結成。1990年3月に凱旋帰国。4月に蝶野と組んで橋本&マサ斎藤を破り、IWGPタッグ王座を奪取。素顔とともにグレート・ムタとしても活躍し、1991年8月、第1回「G1 CLIMAX」の決勝で蝶野と雌雄を決し敗れはしたものの、藤波辰爾&長州力世代からの世代交代を予感させた。

 当時の武藤は新日本プロレスの頂点であるIWGPヘビー級王座に手が届きそうなキャリア8年目の29歳。名言「ゴールのないマラソン」は、全日本プロレス・三沢光晴、UWFインターナショナル・高田延彦ら他団体の同年代について質問された際の答えとして語られた言葉である。

「他団体の選手のことはそれほど意識してないです。やっぱり自分のすぐそばにいる人間の方が怖い。リングの中でも外でもね。それに、やっぱりプロレスはキャリアの蓄積でしょ。だから、例えば、外の世界から急に北尾光司とかが入ってきても、あれは別に怖くなかった。自分を脅かす何か、というのは感じなかったから。だからこそね、身近な存在の方がすごく怖いですよ。

 闘魂三銃士だけじゃなくてね、オレと同じだけの時間をプロレスに費やしてきた選手たちは特にね。それとか、船木(誠勝)選手のように、新日本を出てっちゃって別の道を歩んではいるんだけど、やっぱり一緒の時期にスタートした選手は怖いですね。いろんな意味で。だってそうでしょ、トップを争うっていうのはさ、リングの中でも外でも勝負するってことなんだから。

 これはね、ゴールのないマラソンを走ってるようなもんなんですよ。ライバルが今どこを走ってるのかもろくに見えないし、ちょっとしたら同じ道を走ってないのかもしれない。たまに“実況放送”が聞こえてくると、あせっちゃうし、こっちはこっちでいつも意地とプライドで走り続けなくちゃいけない。プロレスを続けていく限り、このレースは終わんない」
 
 2021年、武藤はキャリア37年目の58歳。現在も「ゴールのマラソン」を走り続けている。

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