最後は壮絶だった。21日、東京・後楽園ホールで行われた日本フライ級タイトルマッチ、チャンピオンのユーリ阿久井政悟(倉敷守安)対不敗の挑戦者、桑原拓(大橋)の10回戦は、初回にダウンを奪った阿久井が最終ラウンドの2分49秒、右ストレートを決めて桑原を深々と沈めた。阿久井は2度目の防衛に成功している。 チャンピオンの堅実な試合運びが光った。それも展開を作る上で大事なオープニングラウンドに、ダウンの奪ったことが心地よく影響していたせいかもしれない。出方をさぐりながらの2分過ぎ、阿久井の右ストレートがきれいにヒットし、桑原の体がストンとキャンバスに落下した。
「(桑原の)表情を見ていて、ずっとあれが効いていたのが分かりました。もっと早く決着がつけられると思ったんですが、意外に時間がかかりました」
余裕のコメントでV2戦を総括した阿久井は、好スタート後もさまざまな局面で、細かくギアを操作しながら、展開を作っていった。
圧倒的なスピードと、テンポ感あふれる連打で、アマチュアから転向後、ここまで8戦不敗(4KO)の桑原が、フットワークを駆使しながら攻防のピッチが上げてくるのは3ラウンドあたり。身上の多角的なコンビネーションブローを打ち込んでくる。じっくりとプレスをかけ続ける阿久井は、すぐに相手の打ち終わりを狙い始めた。がっちりとブロッキングで守りながら、左フックで切り返し、さらに右ストレートを刺し込んだ。
ラウンドごと、ときにはその途中でも、阿久井のボクシングは微妙に表情を変えていく。間合いや距離に変化を加えたり、7ラウンドには突如としてジャブを多用して、打ち勝ってみせる。映える高速パンチで対抗する桑原と、ポイント面では競っていたのは間違いない。ただ、流れの底辺で主導権を握っていたのは、ずっとチャンオピオンだった。
8ラウンド、9ラウンドと手数で追い上げる桑原にとって、ラストラウンドに圧倒的な差をつけなければ、タイトルを勝ち取るには厳しい状況にあったことは気がついていたはずだ。だが、その思惑はラウンド半ば、一撃の右ストレートで破られる。挑戦者の体が大きく揺れる。何度も対戦者の体にしがみつき、あるいは足を使ってエスケープを図るが、ダメージは決して軽微ではない。凄惨なフィニシュへシーンへと刻々と残り時間はカウントダウンされていった。
足元もおぼつかないままコーナーまで後退した桑原に、阿久井は左を突いて、そして長槍のような右ストレート。顔面を打ち抜かれた桑原は前のめりに転落すると、左側頭部をキャンバスに強打する。場内に『ゴツン』と大きな音が鳴り響く。レフェリーは即座に試合をストップした。
「今日の出来を見る限り、世界はまだ遠いですかね」
阿久井が今後を語ったときの一言。世界奪取のためにこれから蓄えるべきものを算定し、装着していく武器の質と量を、しっかりと自覚しているからこそ言える言葉かもしれない。19戦16勝(11KO)2敗1分。
担架に乗せられて退場した桑原は、その後、意識を取り戻したが、念のため病院に向かったという。あまりに痛切な敗北に決定的に心が折れていなければ、まだまだ期待していい存在だと思う。それだけのハイセンスの片りんは確かに感じられた。
文◎宮崎正博 写真◎菊田義久