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2021-07-23

【TOKYO2020 ボクシング】五輪ボクシングはこうして見れば、もっとおもしろい

オリンピックスタイル・ボクシングの唯一の採点基準はクリーンヒット

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 ついに始まる東京五輪のボクシング。ただし、残念ながら、決して人気種目とは言えないのだろう。第1に競技そのもの、とくに勝ち負けを決める判定の基準が分かりにくい。それに日本選手ならメディアに取りあげられることもあるが、海外選手についてはさっぱり情報がない。これで万人に対して興味をかき立てろと言っても、無理難題に決まっている。だが、ルールを少しだけでも把握し、見るべきポイントに焦点を絞れば、この競技、宝の山にも見えてくる。なにしろ、今大会のトーナメントにも、将来のプロのスーパースター候補がどっさりだ。さらに数々のボクサーに夢とロマンとちょっと切ない物語もある。今から競技開始直後までさまざまな情報を発信していくが、まずはこの競技をおもしろく見るための提案からである。

勝敗のポイントはただひとつ。クリーンヒットの数だけ

 ボクシングという競技の勝ち負けは、本来、プロもアマチュア(オリンピックスタイル・ボクシング)も変わりはない。いかに相手の急所を拳で打ち抜くか、だ。計測する手段は、プロの場合がクリーン・イフェクティブ・ブローによって対戦者に与えるダメージ、アマチュアなら『イフェクティブ』を抜いて、クリーンヒットそのものの数になる。よって、プロでは優勢の決定的な形になるノックダウンも、アマチュアではひとつのクリーンヒットにしか数えられないのだ。

 クリーンヒットの定義とはなにか。グローブのナックルパート、握った拳の第1関節から第2関越の部分でしっかりと対戦者の急所を捉えること。これには理にかなったフォームでの加撃という付帯条項もある。ジャッジは、この定義に則って、ひたすらクリーンヒットの数を数える。その数5人。各ラウンド10点を勝った選手に与え、劣った選手は1点、2点とその数の差で減点していく。その総計点の多数決が勝ち負けになる。

 では、見る側はクリーンヒットの数をひたすら数えて楽しいのか。しかめっ面して「ひとーつ、ふたーつ」と数えていたら、まったくのお仕事気分だ。だから、オリンピックのボクシングを楽しむためには、スピードやパンチ力といった個々の能力、そして対戦者を打ちのめす技術力を見比べることが1番目。そして、相手に打たせずに自分が打つために彼らが何をやっているのかを想像したい。たとえば出端をくじくカウンターの妙技だったり、フットワークや上体の動きで対戦者と向き合う角度を変えてみたり、さまざまなパンチのつなぎやフェイントを用いたり。対戦者の打ち終わりや、打ち始めを見定めてねらうかっこよさも目にとどめたい。さらに前にとにかく出て、相手の逃げ場を失わせたり。そういった駆け引きを楽しみたい。なにしろ、男女ともに3分間で1ラウンドを刻んだわずか3回戦、9分で勝負を競い合う。こういったさまざまな技術や、選手それぞれの感性を、超高速の展開から読み解くことこそ、オリンピックボクシング最大の楽しみ方だろう。

 ジャッジのクリーンヒットに対する感覚の違いや、あるいはこれを生み出す状況への判断で、意外な判定が出ることがあるのは事実。だが、今は負けにされたサイドからビデオによる再判定も要請できる。理不尽と思えるものは以前に比べれば、少なくなっている。

 ボクシングを管理する側も努力してきた。多く殴っているほうが勝ちと、見る側にわかりやすくというのを重視することが、採点基準に影響も与えてきた。それにナックルパート以外の部分で打つこと、しつこいホールディング、バッティングなど、以前に比べるとそういった反則行為への対応が甘くなっている。技術の競い合いが魅力と言いながら、もみ合いへし合いの試合ばかりでは台無しだ。加えてジャッジの判断の曖昧な部分まだまだ分厚く残っている。それを『不正判定』としてだけひとまとめにするのはあまりにも乱暴な議論だが、改善の余地はまだ随分とあるはずだ。オリンピックスタイル・ボクシングの見せ方は、まだまだ成長の現在進行形として理解されたい。最初はアマチュア用として策定された近代ボクシングの基本、クインズベリールール公表は1869年。随分と長い話だ。
女子と男子のルールの違いはヘッドギア着用かあるかないかだけ(右はライト級の優勝候補ケリー・ハーリントン)
女子と男子のルールの違いはヘッドギア着用かあるかないかだけ(右はライト級の優勝候補ケリー・ハーリントン)
アメリカ選手の憧れの1人。金メダリストからプロfづ敗のまま引退したアンドレ・ウォード(左)
アメリカ選手の憧れの1人。金メダリストからプロfづ敗のまま引退したアンドレ・ウォード(左)

各国の流儀を意識して観戦すると楽しさも増す

 もちろん、ボクシングはひとりひとりが対決する格闘技である。それぞれが別の個性を持って自分自身のファイトスタイルを作っていくのは当然。とはいえ、それぞれの伝統、流行のはやりすたりから、各国ごとに特色の1つや2つあるのも事実。この国の選手だからと、まずはその背景を知っておいて、それから観戦すると、個性の一つひとつがより引き立って見えてくる。

 たとえば、今、世界の最大勢力といったら、ウズベキスタンとカザフスタンの中央アジア勢である。かつてアマチュア最強を誇ったソ連に属した隣国同士だが、実はこの両国のボクシングは対照的である。ウズベキスタンは「とにかく多く殴る」という昨今の採点傾向にいち早く対応し、速い展開作りからどんどん攻撃を仕掛けていく。カザフスタンはプロのミドル級世界チャンピオンとしてKOの山を築いているゲンナディ・ゴロフキンを生んだ国だけに、律儀というほど丁寧で、正確なフォーム、クラシカルな技術を大事にする。全部が全部、そういうボクサーではないが、やはりこの2つのライバル国のボクサーの多くには、そういう違いが見える。

 アメリカはというと、プロ大国だけにファイターぞろいかというとそうではない。モハメド・アリ、シュガー・レイ・レナード、フロイド・メイウェザーなど大スターたちの影響もあってか、多くはスタイリッシュなボクサーパンチャー型を理想形にする。この国の代表選手はすぐにプロに行きたがるから、アマチュアとして完成する以前の若い選手が多い。今は未完でも、プロでどんなボクサーになるんだろうかと想像しながら見るのも楽しい。

 近代ボクシング発祥の国イギリスは、やはり正統派がずらっとそろっている。スタンスをきっちりと決め、速い前後の動きからストレート系のパンチを軸に次々に速攻を仕掛けていく。イギリスの女子プロボクサーは、そういった土台の上にさらに技術を積み重ねているから、テンポがよく、見ていて実に心地いい。男子選手にはプロになると大胆に変則技巧を取り入れたりする選手もいるのだが、それもそんな基盤があって初めてできることなのだ。

 力強く、テクニカルな好戦派が多いロシア、一見、奔放な技巧を駆使するフランス。そして、身体能力抜群ながら、まだまだ荒っぽいアフリカ勢など、大ざっぱながらその特徴を知っておいて損はない。

 ただ、やっぱり、最大のおすすめはキューバである。ダンスを舞うようなステップワーク、流麗なフォルムを描くパンチの軌道。見惚れるほどに美しい。技巧に走るあまり迫力不足。他国の力戦型に押し負けて、最近は勝ち切れないケースも少なくない。けれど、最強キューバの時代を50年も守ったカリブの島国は、今回もまた彩華やかなボクサーたちをたくさん送り込んできている。やっぱり、見なきゃ損である。

 個別の選手についての情報は、各クラスの展望、エピソード編で次々に紹介していく手筈になっている。

文◎宮崎正博 写真◎ゲッティ イメージズ Photos by Getty Images
美しきキューバの継承者アンディ・クルス(右)。左はライバルのキーショーン・デービス
【写真】美しきキューバの継承者アンディ・クルス(右)。左はライバルのキーショーン・デービス

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