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2022-01-02

【アメフト】背が低く、肩も強くなく、一般入部だった「雑草系」5年生QBがヒーローに カレッジフットの楽しみ方(8)

オレンジボウルで大活躍し、ジョージア大を全米王座決定戦に導いたQBベネット=photo by Getty Images

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アメリカンフットボールで、QB(クオーターバック)は、チームの花形ポジションだ。肩の強さや、コントロール、足の速さ、ディフェンスを読む能力、学習能力といった、プレー上必要な要素ならまだいいが、背の高さや、ルックス、かっては人種までもが条件として陰に陽に考慮されていた。

 そのQBを、背が低く、実績に乏しく、無名高校出身で、最初は一般入部だった「タダの人間」がプレーして活躍し、チームを全米王座決定戦の決勝に導いたとしたらどうだろうか。

日本で、日本語で、スマホやPCで見られるカレッジフットボール

 雑草系ヒーローが登場したのは、日本の元旦に、日本テレビ系の「ジータス」やネットライブ中継「NFLGO」で放送があった、米大学フットボール王座決定戦(カレッジフットボールプレーオフ=CFP)の準決勝「オレンジボウル」だった。


 ヒーローの名は、ステットソン・ベネット、23歳。米の強豪ジョージア大学ブルドックスの5年生エースQBだ。(写真はすべて Getty  Images)

フロム、フィールズ…超エリートQBが競争相手の絶望

 ジョージア大は、カレッジフットボールきっての名門ミシガン大学ウルヴァリンズに34-11で完勝し、1月10日の決勝戦へ進出した。
 
 ジョージア大がミシガン大に完勝したのは2つの側面がある。一つは強力なディフェンスの復活だ。アラバマ大には41点を奪われて完敗したが、その試合以外、今季のジョージア大は、カレッジフットボール史上最強とさえ言われるディフェンスを持っていた。それが復活しただけとみることができる。
 
 しかし、オフェンスに関しては多くのサプライズがあったし、そのサプライズを引き起こしたのがQBベネットだった。

 ベネットは180センチ、86キロ。米国人のQBとしては小柄で痩せている。身体能力にも恵まれず、走る速度やアジリティは並みだ。肩も決して強いわけではない。
オレンジボウルで大活躍し、ジョージア大を全米王座決定戦に導いたQBベネット=photo by Getty Images
 それもそのはずで、ジョージア州出身のベネットはウォークオン(スカラシップの無い、一般入部選手)だった。高校ではQBをプレーしていたが、ランクは二つ星。1大学だけは、スカラシップをオファーしてくれたが、ベネットはジョージア大でのプレーにこだわった。両親もジョージア大を卒業したし、祖父はカレッジフットボールのQBだった。ジョージア大でフットボールをするのは子どもの頃からの夢だった。

 プリファードウォークオンといって、優先度は高い一般入部選手ではあったが、希望は無かった。同期に凄いQBがいた。

 ジェイク・フロム。高校通算でパス12745ヤード116タッチダウン(TD)。真正のフレッシュマン(1年生)だった2017年の途中から、エースQBの負傷でスターターとなり、いきなりパス2615ヤード、24TD、7インターセプト(INT)という成績を叩き出した。それだけでなくSECで優勝し、全米選手権の決勝まで進出した。この間、ベネットはまったくプレーはできなかった。

 オフシーズンにはさらなる絶望があった。全米の誰もが知る5つ星のエリートQBが入ってくることが決まった。ジャスティン・フィールズだった。フロムに加え、「エリート11」のMVPフィールズがいては、どうあがいても勝ち目はなかった。

 ベネットは地元のジュニアカレッジ(短大)に転入し、そこでQBとしてプレーした。12試合で1840ヤード、16TD。小さな一歩だった。ランクは3つ星となり、スカラシップのオファーもチラホラあった。そんな時ジョージア大から「戻ってこないか」と声掛けがあった。フィールズがオハイオ州立大へ転校してしまったのだ。控えとしてのオファーだが、ベネットは受け入れ、古巣に戻った。

転校生QBは、またしても5つ星エリート

2019年はフロムの控えとして、ときどき出場した。シーズン終了後、フロムはNFLドラフトにアーリーエントリーした。

 2020年は別のQBの控えとなる予定だった。しかし、ジョージア大のQBが手薄と知って他校から有力なQBが続々と転校してきた。ウェークフォレスト大からはジェイミー・ニューマン。NFLも注目する大型・強肩で運動能力の高いモバイルパサーだった。さらに、南カリフォルニア大(USC)から、高校No.1と評価されていた5つ星QB、JTダニエルズも転入してきた。

 ニューマンは193センチ105キロ、ダニエルスは191センチ95キロ。ベネットは体格の面で圧倒的に不利で、控えQBにすらなれない可能性もあった。しかし、新型コロナウィルス感染症のため、転校してきたニューマンが2020年のシーズンをオプトアウト。当初先発予定のQBも酷いパフォーマンスだった。ベネットはエリートのダニエルズと先発を分け合った。
オレンジボウルで大活躍し、ジョージア大を全米王座決定戦に導いたQBベネット=photo by Getty Images
 大学での選手生活5年目の今季、当初は先発QBはダニエルズだった。しかし、ベネットは負傷のダニエルズをリリーフして、開幕2戦目から出場、3週目からスターターとなった。ついに子どものころの夢が実現した。チームは勝ち続けたし、ベネットのパス成績は決して悪くなかった。しかし、一部のファンは、背が低く肩が弱いベネットを嫌い、エリートQBダニエルズの復帰待望論は消えなかった。

 12月4日のSEC優勝戦、対アラバマ大戦。ベネットは2インターセプト、2回の4thダウンギャンブル失敗とやらかした。「ダニエルズ派」のファンは勢いづき、SNSなどで先発交代を求めたが、敗因は、41失点のディフェンスであることは明白だった。無敗の連勝で全米ランク1位だった時は「あれはディフェンスのおかげ」と言われ続けたのに。まったく筋が通らなかった。

「自分が嫌われていることを考える時間はない」

 SEC優勝戦から、オレンジボウルまでの4週間にいろいろなことがあった。ダニエルズが新型コロナウィルス感染症の陽性となり、チーム復帰はギリギリまで不明だった。選択肢はベネットしかなくなった。それでも、メディアの多くは、記者会見などで、ジョージア大がなぜベネットをQBとして起用し続けるのかという質問を続けた。
オレンジボウルで大活躍し、ジョージア大を全米王座決定戦に導いたQBベネット=photo by Getty Images
 ベネット自身も記者会見で「自分が嫌われていることを考える時間はない」と語っていた。
「もし私が、(専門家じゃない)心臓手術の話をスピーチしていたとしたら、私自身、そんな話は聞かない」
「だから、これ(フットボール)で生計を立てているわけではなく、ただ試合がどうなるかを見ているだけの人の話を、なぜ聞かなければならないのだろうか。そういったことには煩わされたくない」

充実のパフォーマンスでオフェンスMVPに

 ミシガン大に完勝した試合。ベネットはパス20/30、313ヤード、3TD、0INTでオフェンスMVPを獲得した。前半だけで、16/22、234ヤード、2TDを決めた。アラバマ大戦以外では、1試合7点未満の失点だったディフェンスを持つジョージア大にとっては前半だけで十分だった。ディフェンスとしては、前半で一度もパントを蹴らず攻め続けてくれたおかげで、じっくり休んでリフレッシュしながら守ることができたのが、得点以上のプレゼントだった。

 オフェンスの中身は数字以上に充実していた。ランパスオプションをベースにして、とにかく判断が正確で速かった。試合開始から9回連続でパス成功。クイックリリースで、フィールドのいろいろな場所に、イージーに見えるくらい素早くパスをデリバリーした。また、必要に応じて自らが走った。重要な場面ではスクランブルをかけてドライブを維持した。

ボールを保持したまま、スクリメージの後方で、うろうろするような局面はほぼなく、ランにしろ、パスにしろ、直ぐにボールを手放した。ミシガン大のディフェンスには、カレッジフットボール最強のエッジラッシャーコンビがいた。ハイズマントロフィー2位で、今季14サックのエイダン・ハッチンソン、11サックのデビッド・オジャボ。2人のプレッシャーが、ほぼまったく通用しなかった。被サックはゼロだった。
オレンジボウルで大活躍し、ジョージア大を全米王座決定戦に導いたQBベネット(右)とスマートHC(左)=photo by Getty Images

旧式の折り畳み式携帯電話を愛用の理由

ジョージア大のRBジェームズ・クックは、39ヤードTDパスを含め、QBベネットから4本のパスをキャッチし112ヤードを記録した。

NFLバイキングスの万能バック、ダルビン・クックの弟でもあるジェームズによると、ベネットは旧式の折り畳み式携帯電話を持ち歩いている。SNSをシャットアウトするためだ。

 クックは「ベネットは周囲の雑音を気にせずにフットボールをしている。そんな彼が好きだ」と話している。

 カービー・スマートHCは、「彼はこの2週間、本当に集中していた。彼の(23歳という)年齢で、すべての雑音を遮断し、さらに集中できるというのは驚くべきこと。雑音を聞くたびに、かえって彼はゲームプランを実行するために何をすべきかに集中していくように思える」とベネットを評価する。

 前半終了時に、気の抜けたようなパス失敗で終わったベネットをスマートHCが激しい調子で叱責。それが全米に放送された。ひょっとすると、ファンの辛辣な意見を知っているスマートHCが、あえてベネットに厳しい態度を取っていることを、アンチに見せつけるためだったのかもしれない。
ジョージア大のスマートHC=photo by Getty Images
 ジョージア大がCFPの決勝に進出したのは、2018年1月以来4年ぶり2回目。ベネットは前回の決勝進出時、何の希望も保証もないウオークオンのフレッシュマンとしてサイドラインにいた。今の自分をその時に想像できたかという質問にベネットは「NO」と答えた。

「あの日から、今日までの毎日は、自分のやることだけに全力で取り組み、最善を尽くして前へ進んできた。未来を予測することはできなかったが、何かがうまくいけばいいと思ってきた」

ベネットは、NFLでプレーする可能性はおそらくない。泣いても笑っても、1月10日の決勝が、QBとしては最後の試合になるかもしれない。アラバマ大にリベンジして、有終の美を飾ることができるだろうか。

 米大学フットボール王座決定戦 (CFPナショナルチャンピオンシップ) アラバマ大 vs ジョージア大の一戦は、日本時間1月11日(火)午前9時45分から午後3時15まで、日本テレビ系の「ジータス」やネットライブ中継「NFLGO」で生放送がある。解説は村田斉潔さん 、実況は増田隆生さんが担当する。

【小座野容斉】

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