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2022-03-23

「野球は技術だけではないと思い知らされた」と広陵・中井監督が振り返る、キャプテン川瀬の気迫の同点ホームラン

150名に及ぶ部員を束ね、大家族の父のように本気で怒り、本気でほめて、自ら考えて行動できる個を育てる、名将・中井哲之の育成の法則をまとめた『広陵・中井哲之のセオリー』

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広陵・中井哲之のセオリー・野球の神様を信じる

第94回選抜高校野球大会に3年ぶり25度目の出場を決めた広陵高校(広島)。24 日に九州国際大付高との2回戦に挑む。ここでは、広陵の中井哲之監督の育成術をまとめた書籍『広陵・中井哲之のセオリー』から、その一部を数回に分けて紹介。第3回目は「野球の神様を信じる」です。

1991年甲子園初陣となったセンバツで、チームを優勝へと導いた八番打者の初ホームラン。「一番大事なときにやっぱり神様は見とる」

あのホームランがなければ、中井監督の監督人生は変わっていた。

 中井監督の甲子園初陣となった1991年センバツ1回戦・三田学園戦。試合前から雨が降る中でプレーボールがかかった。試合が進むにつれ、徐々に雨脚が強くなる。グラウンドに水が浮きはじめ、中断して2度も土を入れる作業が行われた。

 高校野球の試合成立は7回。7回裏の広陵の攻撃が終わった時点で1対2。上高原悟部長が「これ以上、雨が強くなったら中止にさせられる」と声を上げる。もう、いつ試合を止められてもおかしくなかった。そんな状況で、8回表に1点を追加される。差は2点に広がり、かなり苦しくなった。

 だが、8回裏。中井監督も思ってもみなかったことが起こる。二死三塁から、八番の下松孝史がライトラッキーゾーンへ同点の2ラン本塁打を放ったのだ。この試合から2021年までにセンバツで29試合を戦っている広陵だが、八番打者の本塁打は初試合のこの1本だけ。起死回生かつ、奇跡のホームランだった。

 「下松はホームランを打ったことなんてないですよ。勉強、学校行事、寮生活をすごく丁寧にする、小さな積み重ねができる子。こんな子が打ってよかったと思える子です。それと、やっぱりこういう子に打たせてくれるんかなと。一番大事なときにやっぱり神様は見とる。頑張ってる子へのプレゼントみたいなのを感じましたね」

 チームを救った下松は、決勝の松商学園戦でもヒーローになる。5対5の同点で迎えた9回裏二死一、二塁でライトオーバーのサヨナラ打。「うまいライトなら捕ってる」(中井監督)という当たりだったが、外野守備に慣れていない投手の上田佳範(元中日他)がライトに回っていたためヒットになった。まさに神様が味方したラッキーボーイだった。

2007年センバツで緊迫した投手戦を崩した背番号10・上本の三塁内野安打。「神様はおるよね。頑張った人は応援してくれる」

会心の当たりもあれば、当たりそこないもある。
「まさか、打席に立つとは思ってなかったです」

そう言ったヒーローは背番号10だった。2007年センバツ1回戦の成田戦。広陵・野村祐輔(現広島)、成田・唐川侑己(現ロッテ)の両エースが好投。緊迫した投手戦は1対1のまま延長12回にもつれ込んだ。12回表、広陵は土生翔平(元広島)の二塁打と相手のエラーで一死三塁のチャンス。二死後打席に入ったのが、前の回に代走で出場した上本健太だった。本来は投手。野村をバックアップする左腕として秋の公式戦は10試合に登板したが、打席はわずか9。甲子園入りしたあとの練習では、打撃練習どころかバットも握っていなかった。

カウント3-2からの7球目。外角高めの 140キロのストレートになんとかバットを当てた。三塁前にボテボテのゴロが転がる。全力疾走で一塁へ駆ける上本。ヘッドスライディングでベースに飛び込むと審判の手が大きく左右に広がった。勝ち越し点をもたらす値千金の三塁内野安打。この1点を野村が守り、広陵は2対1で勝利した。

「誰も僕が打つなんて思ってない。どんな球でも打ってやると思った」

本人がそう語ったように、上本は決して打撃が得意ではない。ベンチには上本より打力のある選手も控えていた。なぜ、大事な場面で上本を打席に送ったのか。中井監督はこう説明した。

「当然、代打は考えました。ただ、広陵の強さは自主練習にあるんです。上本は打撃が弱いですけど、みんなが一番練習すると思っている男。何かやってくれるんじゃないかと思った」

相手は、秋の高校生ドラフトで1巡目指名される唐川。上本の打力では到底打てる投手ではない。だが、中井監督は信じた。

「『広陵は野球の神様が応援してくれとるんじゃ』と自分では解釈してます。選手にも『神様はおるよね。頑張った人は応援してくれる』と言います。よく、『球運がある』って言うじゃないですか」

ボテボテのゴロが三塁前に転がったのは、まさに球運。そう思えるのは、それだけ自主練習をしているのを知っていたから。普段の努力を神様が見ていてくれたのだ。

スタメンを外れていたキャプテン川瀬の代打志願。「『えっ、お前じゃないだろ』って心の中で思ったんですよ」

「運があると思ってる子じゃないと、運は回ってこない」
中井監督がよく言う言葉だ。運は待っていても巡ってはこない。強い気持ちでつかみにいくからこそ、引き寄せることができる。それを体現したのが、川瀬虎太朗だった。2021年秋の広島県大会準々決勝・盈進戦。8回を終わって広陵は4対5とリードを許していた。あとアウト3つで甲子園への道を断たれる状況で、先頭打者は投手の岡山勇斗。最後の攻撃に入る前の円陣で、中井監督は選手たちにこう問いかけた。

 「誰が(代打に)いくんや?」
間髪入れずに手を挙げたのが、この日スタメンを外れていたキャプテンの川瀬だった。165センチ、68キロと小柄な体格。守備や走塁が得意な選手だ。それが、誰よりも早く、大きな声で名乗り出たのだ。

 「『えっ、お前じゃないだろ』って心の中で思ったんですよ。川瀬より打つ選手がベンチにはまだ残ってたんで。でも、その姿に技術じゃなくて気迫を感じた。実力とかじゃない。気迫というか想いに応えて『じゃあ、お前いけ』って川瀬を代打にいかせたんです」

 あっというまにカウント1−2に追い込まれた川瀬だったが、気持ちで食らいつく。必死に出したバットから生まれたのは、なんとレフトへの同点ホームランだった。

「今までに見たことない気迫と集中力でしたね。『絶対やったる。絶対負けん』っていうね。キャプテンでありながらベンチスタートの彼が、追い込まれた場面で強気で振って起死回生のホームランを打った。これで、何か越えるかもしれないなという感じになりましたよね」

主将の気迫で勢いづいた広陵打線は連打で逆転してこの試合を制すと、県大会3位でなんとか中国大会に進出した。中国大会では、県大会で背番号20だった森山陽一朗が初めて背番号1をつけて奮闘。ケガで1年近く投げられなくてもくさらず努力してきた新エースの活躍で優勝。明治神宮大会でも準優勝を果たした。

 「野球は技術だけではないなというのを思い知らされましたね。楽な場面でいきたいですよ、みんな。打てんかったら負けるというところですから。でも、そこで『僕がいきます』と立候補した子が結果を出した。本当にまじめに一生懸命やる子ですし、まさしく神様がおるって思いましたよね」

日々の生活、練習。そして、強い気持ちが運を引き寄せる。「やることをやっている」という自負があるから、運も、神様の存在も信じることができる。「野球の神様が広陵に振り向くのは当然」。中井監督は、本気でそう思っている。

田尻賢誉・著『広陵・中井哲之のセオリー』(ベースボール・マガジン社、2022
年3月18日刊行)より








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