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2022-03-04

2007年夏の甲子園決勝、広陵・中井哲之監督はなぜ審判判定への異論を唱えたのか。

飾らず実直な中井イズムで育った教え子から、卒業後も頼りにされる父親的存在。 プロ野球選手も多く輩出し、オフには彼らの訪問を受けるのが日常だ(『広陵・中井哲之のセオリー』より)

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広陵・中井哲之のセオリー ・  白か黒しかない「ガキ大将」でいる

3月18日に開幕する第94回選抜高校野球大会に3年ぶり25度目の出場を決めた広陵高校(広島)。150名に及ぶ部員を束ね、控え選手も一体となって戦うチームをつくり上げる名将・中井哲之の育成術をまとめた書籍『広陵・中井哲之のセオリー』から、その一部を数回に分けて紹介します。

選手とともに喜び、泣いて、怒り、楽しむ。それが中井スタイルだ。写真は2017年夏の甲子園1回戦。中京大中京を相手に8回、ホームランを放った中村奨成を出迎える中井監督(『広陵・中井哲之のセオリー』より)

選手とともに喜び、泣いて、怒り、楽しむ。それが中井スタイルだ。写真は2017年夏の甲子園1回戦。中京大中京を相手に8回、ホームランを放った中村奨成を出迎える中井監督(『広陵・中井哲之のセオリー』より)

「子供に『絶対ストライクです』と言わせないためにも僕が言わにゃいけんと」

白か、黒か。
選択肢はそれだけ。「間をとって、グレー」など存在しない。いいか、悪いか。正解か、不正解か。うそは嫌い。かけひきも嫌い。
それは、相手が誰であっても変わらない。たとえそれが、もっとも敵に回してはいけない相手だったとしても……。

2007年8月22日。あの日もそうだった。夏の甲子園決勝で佐賀北と対戦した広陵は、圧倒的に優位な展開で試合を進めていた。7回を終わって、4対0とリード。エースの野村祐輔(現広島)は佐賀北打線を1安打10奪三振に抑えており、勝利は堅いと思われた。

ところが、審判の判定が試合を変えてしまう。8回裏一死満塁、カウント3―1から二番・井手和馬に投じた外角低めへのストレート。普段はポーカーフェイスを崩さない野村が驚きの表情を浮かべ、捕手の小林誠司(現巨人)はミットを3度地面に叩きつけて不満を表した。甲子園特有の判官びいきに加え、この年の春にあった“特待生問題”のため、スタンドは公立びいき。1球1球、地鳴りのような声援が起きる。一死満塁は続き、打席に三番・副島浩史を迎えた3球目。野村のスライダーが高めに浮いた。白球は、快音を残してレフトスタンドへ。まさかの逆転満塁本塁打だった。

4対5で敗れた試合後、宿舎でのインタビューが始まると中井哲之監督はまっ先に言った。「ストライク、ボールで『あれはないだろう』というのが何球もありました。もう真ん中しか投げられない。少しひどすぎるんじゃないですか。負けた気がしないですね。言っちゃいけないのはわかってます。でも、今後の高校野球を考えたら……」

さらに、となりで号泣する野村を横目で見ながら、押し出しになった1球についてこう言った。「あの1球は完璧にストライク。ウチでは審判の判定にどうこう言う教育はしていない。その子が言うんですから。キャッチャーは『どうしたらいいですか?』という顔をしてました」

教育の一環といわれている高校野球で、監督が審判に対して文句を言う。あってはならない行為だ。しかも、甲子園の決勝というもっとも目立つ試合で。世間はあっというまに大騒ぎになった。ワイドショーや写真週刊誌まで来る大騒動。だが、中井監督には文句を言う理由があった。
「仲のいい記者がたくさんいらっしゃって、『どうでしたか』と訊かれたときにピンと来たんです。子供に『絶対ストライクです』と言わせないためにも僕が言わにゃいけんと。確かに、『どこがボールなんや』という球でしたから。(選手たちに)『こいつら、訊かれたら絶対言うわ』という雰囲気があった。それなら、オレが正々堂々と言うてやったほうがええなと」

そんなことを言えば、大問題になるのは百も承知。クビになるのを覚悟で、あえてそう言ったのだ。翌日、学校に戻ると自身の記事が載っている新聞を前に二宮義人理事長(当時)にこう言った。
「やめろと言われるのであればやめます」

選手たちを悪者にしないために取った行動。これでやめても悔いはない。そんな想いだった。二宮理事長に止められて監督辞任は避けられたが、本気だった。
「広陵の名前に恥ずかしいことをしたわけですからね。言わんでもええことを言ったから、男として、大人として責任を取らんといけんなと」

なにカッコつけてんだよ、と思う人もいるかもしれない。だが、同じことを思っても、実際に行動する人は少ない。高校野球ではしばしば“疑惑の判定”がある。試合後、判定を嘆いたり、審判の悪口を言ったりする人は数多いが、それはあくまで“オフレコ”。何十社も来ているテレビカメラの前で言うには勇気と覚悟がいる。騒動になるのをわかったうえで、自ら矢面に立ち、全面的に批判を引き受けたのだ。甲子園の決勝でこんなことをやったのは、100年を超える長い高校野球の歴史の中でも中井監督ぐらいだろう。

「広陵に入ったら、自分の子供と一緒。批判的な声は僕が守ってやらなきゃいけんから」

なぜ、ここまでするのか。それは、子供がかわいいからだ。部員は子供。自らは大家族の父という想いは常に持っている。

「広陵に入ったら、自分の子供と一緒なんで。ウチは県外の子がホント多いんですよ。でも、県外だろうが広島だろうが、どっから来ようと自分の子供。来た子は『広陵の中井の下でやりたい』という子ばっかりじゃないですか。広陵を目指して来てくれて、この子らを大事にせんわけがない。批判的な声は僕が守ってやらなきゃいけんから。その代わり、どこの学校より、しつけは厳しいと思います。自分の中では、『オレよりしつけの厳しい監督おるんか』というぐらいでいますね」

もうひとつは、自分のためにやっていないから。監督の中には、自分の名声や名誉を得るためにやっている人もいる。お立ち台で、自ら甲子園の勝利数を自慢する監督もいる。中井監督には、そんな気持ちは微塵もない。

「甲子園に行くことによって、僕の周りの人が喜ぶのがすごくうれしいんですよ。僕を応援してくれたり、僕とともに頑張ってくれたりする人の笑顔を見たいというのが僕の中にあるんです。自分のために行きたいという年齢はもう過ぎたというか、そう思う自分になってるんですね。こんな話をすると『うそ言うなよ。ホントか?』と思われるかもしれないですけど、本心じゃけぇ。そう言うと、今度は『勝ったことあるけぇ』と言われる。僕も勝ちたいですよ。絶対甲子園行きたいと思いますけど、自分のために行きたいとは思わないですね」

すべては子供のため。そして、応援してくれる周りの人のため。これが根底にあるから、自分が悪者になるのが怖くないのだ。
それでも、まだ「ええカッコするなよ」と言う人がいるかもしれない。だが、よく考えてみてほしい。昔はこういうタイプのリーダーがいたはずだ。ただ、それは大人の社会にではない。子供の社会に。
そう、ガキ大将だ。白か黒しかない。〇か×しかない。人のために前に出て行く。弱い者を守る。うそはつかない。かけひきはしない。わかりやすい人なのだ。

「うそか建前から言うのはね……。子供は純真じゃないですか。子供は白か黒かでつきあうでしょ。好きか嫌いかで。でも、大人はグレーで生きてる。本当は好きじゃなくても、『こいつに上手しとかんと、仕事もらえんしな』って、どうしても、△やグレーがないといけないじゃないですか。僕にはそれがない。ガキなんですよ。偉うなれんタイプね(笑)。でも、何をもって偉いというかですよね」

甲子園出場回数とか、勝利数とか、プロ野球選手が何人出たとかは関係ない。

「僕の価値が上がるとしたら、広陵に行って、『中井先生に会えてよかった』という子がどれぐらいおるかってことでしょ。葬式のときに『中井先生に会えてよかった』という子がどれぐらい来てくれるか。僕は教員なんで野球部以外の子でも、僕の授業とか僕のひとことで救われるような生徒が何人おるかってことじゃないですか」

それが、中井監督の価値観。周りがどう思うかではなく、自分がどう思うか。自分の感覚を大事にして、自分がカッコいいと思うものはカッコいいと言える。愛される“ええカッコしい”。
 まさに、今の日本にいなくなったタイプのリーダー。大人になったガキ大将。それが、中井哲之という男なのだ。

田尻賢誉・著『広陵・中井哲之のセオリー』(ベースボール・マガジン社、2022
年3月18日刊行)より






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