選手にはそれぞれの特性があり、ストロングポイントがあり、もちろん“こだわり”もある。それは4回戦ボクサーから世界チャンピオンにいたるまで、様々に持ち合わせているものだ。
肩書きにとらわれず、こちらの感性、琴線に突き刺さってきた選手、個性、技術、真髄、奥義──に迫りたい。そんな想いから、毎月ひとりのボクサーに流儀を語ってもらう。
第6回は、名チャンピオン、ユーリ・アルバチャコフから名前を拝借し、その名に恥じない戦慄KO勝利を量産しているユーリ阿久井政悟(25歳=倉敷守安)。プロ戦績は14勝(10KO)2敗1分。10KOのうち、なんと9試合が初回KO勝ちという速決ぶり。そのほとんどを“本家”ユーリに勝るとも劣らない右ストレートで実質決めている。
※『ボクシング・マガジン2020年4月号』掲載記事を再編集したものです
上写真=漠然とではなく、拳の当てるポイントを意識してサンドバッグを打つ
文&写真_本間 暁
Text & Photos by Akira Homma
◆オンガードは弓を引くスタンバイ状態◆
彼の名を広く知らしめたのは、2016年12月。2015年全日本ライトフライ級新人王となってからおよそ1年後の大野兼資(帝拳)戦だ。
サウスポーの大野の、やや左サイドから、突き上げるように放った右ストレート。これが実質、試合を決めたブローだった。
この試合後、控室で彼が表現した言葉が斬新だった。
「弓を引くイメージでいるんです」
弓を引いたポーズの写真を、本誌に掲載したが、憶えている読者はいるだろうか。あのイメージを、いま1度振り返ってもらう。
「いつでも矢を放てる状態でいるということなんです」
つまり、オンガードでいる状態が、弓を引いている意識にあるということなのだ。
弓を引いて、矢を放つ。弓道やアーチェリーを想像してもらえばわかるとおり、そこには、時間的にはもちろんのこと、解き放つまでのエネルギーの貯蔵という意味での“タメ”ができる。そして阿久井にも、どちらかというと“タメ打ち”の印象がある。だが、各試合を思い返してみると、まずはタメて放つ右のミサイルで強烈なダメージを与えておき、その後は連打の中での右、あるいは左フックで倒すパターンが多いことに気づく。
「右のイメージが強いってよく言われるんですが、自分では連打、コンビネーションを意識してるんです。それに、ボディも得意だと思ってます(笑)」
だが、ボディブローも左アッパー、フックよりも、右ストレートがやはり目につく。それはウイニングショットではなく、あくまでも顔面へ打つための“布石”のようにも見える。
◆新たな“ユーリ・スタイル”の右◆
新人王となって2戦。内野々大和を3回TKOで破った試合が、唯一、2回以降に倒した試合。それ以外の9KOはすべて初回で終えている。かといって、荒々しくラッシュを仕掛けて倒すわけでもない。もちろん、効かせてからの詰めは鋭いのだが。
「内野々戦で、横からの映像を見ると、右を打つときに拳を落として打ってるんです。捻りこむ感じ。それを矯正しようと考えました」
“本家”ユーリ・アルバチャコフが、拳を外側(反時計回り)に捻りこむと同時に、右腕自体を外側にねじって打つ右ストレートはとみに有名だ。が、阿久井は“あえて捻らない”打ち方を目指した。
「肩甲骨を回す感じです。あとは、拳の“点”で打っていたものを、“全面”で打つようにしたんです。これは拳を痛めないことを心がけて。人差し指の点で打っているときはよく痛めました。だから、中指と薬指のあたりを意識して打つように」
その練習を積み重ねて迎えたのが、前述の大野戦。アルバチャコフとは違う、新たなユーリ・バージョンの右が誕生した瞬間であり、全面殴打によって、拳を痛めることもなくなったのだという。
◆“原点回帰”し、さっさと倒す◆
スパーリングで手合わせをしたWBA世界ライトフライ級スーパー王者・京口紘人(ワタナベ)は、「阿久井選手はジャブがいいですね」と感想を述べた。このジャブにも阿久井はこだわりを持っている。
「右よりも、ジャブのほうが種類もあります。拳を立てて打つジャブ、横にして打つジャブとか。それは、相手のガードの状態によって打ち分けてるんです」
そして、これもまた彼なりのイメージなのだが、ジャブを当てた同じポイントを右で打つ、というのだ。
「ジャブで距離を測って、照準を合わせる。だから、続けて打つ右は、勝手にそこに吸い込まれていくような感覚なんです」
決して闇雲に力ずくでねじ伏せているわけではない。しっかりと、急所をピンポイントで狙い、打ち抜く。実はアマチュア時代もそうだった。
「20勝14RSCとかで、そのうち11試合が1ラウンドだったんですが、あのころは、ヘッドギアと顔の“隙間”を打っていたんです。すると、顔面がのけ反る。それでレフェリーストップに持ち込むことが多かった(笑)」
少々趣は異なるが、アマプロ通じてワンラウンド・フィニッシャー、ピンポイント・ヒッターというのは興味深い。だが、だからこそ思い悩み、考えたこともある。ラウンド数の少なさ、経験の浅さだ。
「だから、プロに入ってからは、経験を積もうと思って、“あえて倒しにいかない”試合をしていた時期もあったんです。新人王になった、あのトーナメント(2015年)のときです」
そんな芸当を、どうしてもテンションが上がってしまう新人王トーナメントでできる図太さには恐れ入る。だが、「それじゃダメだって思い直しました。“原点回帰”です」と、リミッターを外した。怜悧さを持ち合わせた野獣が、原野に解き放たれたわけである。
特別な体幹トレーニングなどは積んでいないという。海外トップ選手がInstagramなどにアップしている練習動画を見て、効率のよい体の使い方を学んでいるそう。あとは、「山中慎介さん(元WBC世界バンタム級チャンピオン)の左ストレートは参考にしています。初動、初速ではなく、最後が大事ですよね」
姿勢は、普段からよい。そこは心掛けているという。「中学生ぐらいから、座るときも浅めに。前屈みは弱そうだし、陰気くさい(笑)。それに、腰にも悪いし」
“ゴッドレフト”山中さんもそうだったが、ストレートパンチャーは、姿勢が正しい。阿久井の“無意識のこだわり”にも、その秘訣が垣間見える。
日本フライ級王座決定戦で小坂駿(真正)を初回でストップしたのは昨年10月27日。当初は3月に予定されていたチャンピオンカーニバル、1位・藤北誠也(32歳=三迫)との一戦は、新型コロナウイルスの影響により、度重なる延期の末、10月18日(日)、地元・岡山県の浅口市立天草公園体育館で行われることになった。この間、阿久井にはプライベートで大きな変化があった。結婚し、第一子が誕生したのである。
ただでさえプレッシャーがかかるという初防衛戦に加え、地元開催、新たな家族の誕生と背負うものは増えた。そして、男女9人のチャンピオンを擁する、いまもっとも日本で勢いのある三迫ジムが相手。なにより挑戦者の藤北は粘り強い、相手にとって嫌なボクサーだ。
阿久井の技術だけでなく、精神面も含めた引き出しの多さが試される試合となる。すべてを超越して、しぶとい藤北をあっさりと倒すようなことがあれば、いよいよ末恐ろしさは日本の枠に収まらなくなる。
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