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2022-08-16

【連載 泣き笑いどすこい劇場】第10回「ハプニング」その3

平成19年夏場所3日目、じっくり見て立った千代大海は、頭から当たって琴奨菊をのけぞらせ快勝。実はハエが飛び去るのを待っていた

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勝負の神様はきっと、とてつもないイタズラ好きに違いない。その証拠に、思いもしないところに落とし穴や、隠しトビラを作り、フイをついて立ちすくませたり、足元をすくったりして、目の色を変えて闘っている力士たちを慌てさせたり、冷や汗をかかせたりして喜んでいるのだから。そうとしか思えないようなハプニングが土俵の周りではよく起こります。そんなとき、土俵上では見られない人間臭さが垣間見えるのもまた、事実です。そんなビックリドッキリの面白ハプニングを紹介しましょう。
※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。

“ハエの功名”
 
館内の熱気も照明などが重なって、土俵の上は意外に熱い。これはきっと、そのせいに違いない。なんとハエが土俵に迷い込んだことがある。平成19(2007)年夏場所3日目の幕内終盤のことだ。ちょうど結びの3番前、大関千代大海(現九重親方)が土俵に上がり、東前頭3枚目の垣添(現雷親方)から力水をつけてもらっている時、柄杓の上に一匹のハエがブ~ンと飛んできて留まった。それを見た千代大海、

「あちゃーっ」
 
と思ったそうで、なんでもないフリをしてそのハエを追い払い、飛び去ったあと、巧みにその止まっていた場所を避けて口をつけた。
 
やれやれ、だ。ところが、そのハエ、今度は時間いっぱいになって仕切っている対戦相手の西小結琴奨菊(現秀ノ山親方)のところに飛んできて、額の上にピタッと留まった。相撲に集中している琴奨菊はそのことにまったく気づいていないが、目と鼻の先の千代大海にはその様子がありありと見える。このまま、思い切って当たっていったら、間違いなくハエは額と額の間に挟まってビシャッと潰れる。

「そうなったら、気持ち悪いな」
 
と思った千代大海はハエが飛び去るのを待つことにし、ワザとゆっくりと仕切り、ブ~ンと飛び立つのを見てから立った。これがはからずも69連勝の双葉山が必勝の極意とした“後の先”の立ち合いになり、相撲は3連勝。この場所、千代大海は10度目の大関カド番だったが、この序盤での連勝が大きくモノを言って大関から陥落の危機をクリアした。千代大海にとって、この日の白星はまさしく“ハエ(栄え)ある白星”だった。

月刊『相撲』平成23年8月号掲載

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