選手にはそれぞれの特性があり、ストロングポイントがあり、もちろん“こだわり”もある。それは4回戦ボクサーから世界チャンピオンにいたるまで、様々に持ち合わせているものだ。
肩書きにとらわれず、こちらの感性、琴線に突き刺さってきた選手、個性、技術、真髄、奥義──に迫りたい。そんな想いから、毎月ひとりのボクサーに流儀を語ってもらう。
記念すべき第1回は、OPBF東洋太平洋バンタム級チャンピオン栗原慶太(一力)。一撃必倒の右ストレート、その打ち方に肉薄。
※『ボクシング・マガジン2019年11月号』掲載記事に加筆・修正をしたものです
上写真=栗原の、ド迫力の右ストレート!
文&写真_本間 暁
Text & Photos by Akira Homma
ワルリト・パレナス(森岡)をわずか35秒で仕留めて初防衛に成功したのをはじめ、これまで戦ってきた19戦(14勝12KO5敗)、そのほとんどでカギを握っているのが右ストレートだ。
田中一樹(グリーンツダ)を倒したブローも衝撃的だった。勅使河原弘晶(輪島功一スポーツ)との激戦で、敗れはしたものの、窮地から何度も流れを変えたのも右だった。
決して力技ではない。どちらかといえば、細身の部類に入る体だ。きっと彼特有の何かがあるに違いない。
そしてやはり、こちらの読みは当たったのだった。
「フィジカルトレーニングに興味を持ったのは、バンタム級に上げたタイミングです。友達の紹介でスポーツクラブにアルバイトとして入ったんですが、最初はその友達に姿勢を見てもらったんです。僕、“反り腰”だったので。まずは姿勢改善をするために、ウェイトトレーニングを取り入れました」
ボクサーは、その競技特性から“前傾姿勢”の人が大半だが、彼の場合はその逆の“反り腰”だったという。その理由を「いまだからわかるけど、お尻の力が弱かったせい」と分析する。
姿勢不良の時点で、強く打てなかったり、ケガもしやすかったり、いい動きができない──。その改善と同時に、どこが弱いかを指摘してもらい、トレーニングをスタートした。すると、次から次へと疑問が湧き上がってくる。その一つひとつを解決するために、話を聞き、本を読み、Twitterで情報を拾い漁る。体の各部位、筋肉にそれぞれ名称があり、その機能もまた各々違いがあることを知る。体の使い方によって、力の伝達が変わることもまた理解した。
「パンチを強く打つということに関して、重要なのはお尻だということに行き着いたんです。だから、お尻の筋肉を鍛えようとなって、その流れでお腹も鍛えるようになった。ボクサーだけじゃなく、ほとんどのスポーツ選手にとって、お尻は重要。あとは股関節も」
4回戦時代、練習はがむしゃらだった。トレーナーに言われたことを、一所懸命やる。その繰り返しだった。朝20km走り、ジムワーク後も10km走る。これでもかというくらい練習に明け暮れた。それでも勝てない。
いまだから思う。やればいいのではない、どうやるか、なのだ。だから、いまではトレーニングの一つひとつの意味を考え、それを見いだせない練習は削除する。だから、縄跳びもしない。
「ジムに入門するとまず『腰を回せ』と指導される。その意味について、体のことを勉強しながら考えたら、動かしちゃいけない関節、動かすのに適していない関節、固めたい関節と動かしたい関節があると気づいた。
ひと言で腰といってもいろいろある。一般的に腰といえば腰背部。なかでも腰椎は動かしちゃいけない、動きに適していない部分です。トレーナーが言う腰は、骨盤を動かすということかな、と。そうなると股関節も大事になってくる。お尻の筋肉で押し込むことも」
右構え、オーソドックスの場合、左足を前に、右足を後ろに置く。お尻の右側に溜めたパワーを、左足側に移動させながら、同時に上体に伝え、拳に伝達する。
「右足で蹴った力を、前にいかに乗せられるか。反対に、前足で止める力も必要になる。でも、左足の外側に力が流れちゃうのは、中殿筋というお尻の筋肉が使えてないから。そこで力を抑えられてない、止められないんです。
右は大殿筋、左は中殿筋が必要になってくる。だから、僕の場合、右側は大殿筋が大きくて、左は中殿筋が大きくなりました。お尻の大きさに左右差があるんです。
右足で蹴る力とそれを支えてあげる左足の力。それができて初めて上に力が乗ってくるんです」
中殿筋で止めると同時に、ヒザを外に流さない、足首を外に流さない。そのために、股関節、内転筋の力もまた必須となる。
「左足を100で蹴った力が、どこかしらで逃げちゃって、拳に乗る力が80になったり……。よくありがちですが、それでは意味がないし、もったいない。
お尻の力が強ければ出力も上がるんですが、その出力をうまく上に伝えるのには、脇腹の伸張反射が大事。左足を蹴ると同時に、上体で一緒についてくるのはみぞおち下。そこより上は遅れてくるイメージ。その“遅れてくる感覚”によって、キレが出るんです。
脇腹の伸張反射のトレーニングはメディシンボールを横から投げるものです。腕は力を抜いて、リラックスした状態で。
力を拳に伝えて打つ、その打った後の衝撃に耐える力も必要になる。関節の固定、肩甲骨、前鋸筋の利用……」
これまで、本誌、WEBサイトも含め、井上尚弥の“後ろ姿”の写真を何度も掲載してきた。あれは、美しいカタチを見せたいのと同時に、ボクサーに何かを得てほしいというメッセージだった。栗原は、その意図をしっかりとつかんでくれていた。
「井上尚弥さんの写真を見たときに、お尻の力を使って、背中もすっと伸びて、肩もバッチリ入っていてパーフェクトだなと思ったんです。出力を止めるだけの力もあるから、あのパンチ力が生まれる。それに、あれを見て、そんなに右足は捻じらなくてもいいと学びました」
まず気づく。仕組みを知る。そして行動する。学びの三要素を栗原は会得した。
「ようやく右ストレートに関しては、反復練習で意識せずにできるようになりました。右へのこだわり、というわけじゃなく、右を打つことについての理解が深いだけで、他のパンチを打つことにも取り組んでるんですが、まだまだ理解が浅いので(笑)。あとは回転力とか、スピードとか、いちばんの課題はディフェンスです」
何かを改善したい、向上したいと常に考え、深く調べて実践に移す。これだけ体に対する興味、造詣が深いのだ。きっと、攻撃から防御へ移る一連の動作、“体の流れ”へと、近い将来、ステップアップするはずである。そうなれば、いよいよ手がつけられない存在となる。
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