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2022-09-19

【ボクシング】カネロがゴロフキンとの接戦制した“三部作完結編”を現場からレポート

完全決着が期待されたが、結果は大接戦となった

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 4年を経て実現したサウル・“カネロ”・アルバレス(32歳=メキシコ)とゲンナジー・ゴロフキン(40歳=カザフスタン)、3度目の対戦は17日(日本時間18日)、アメリカ・ネバダ州ラスベガスのTモバイルアリーナで行われ、アルバレスが3-0(116対112、115対113、115対113)の判定勝ちで、保持する世界主要4団体のスーパーミドル級タイトルを防衛した。アルバレスは対ゴロフキン2勝1分。敗れたゴロフキンは世界2階級制覇に失敗したものの、ミドル級のWBAスーパー、IBFの両王座は保持したままとなる。

取材・文_宮田有理子
Text by Yuriko Miyata
写真_ゲッティイメージズ
Photos by Getty Images

「彼のキャリアを終わらせる」。意気込むカネロが先制

大いなる期待を持って、両雄の戦いを見に訪れた大観衆

大いなる期待を持って、両雄の戦いを見に訪れた大観衆

 36ものラウンドをせめぎ合った二人は、最後のゴングを聞いて深く抱擁した。ゴロフキンは判定に微笑んでうなずき、勝者をたたえる。2017年を皮切りに、2018年、そして今回と、いずれも9月のメキシコ独立記念日の週末、眠らぬ街の同じ大会場にボクシングファンを集めてきたカザフの英雄とメキシカンスターの、因縁にまみれたライバル物語は、穏やかなエンディングに行き着いた。ただし、その美しい雪解けのシーンをのぞいて、二人の三部作の終章に、観る者の予想を超えていくような驚き、記憶に刻まれるような劇的な山場が見られなかったのは少し残念だったと言わざるを得ない。

カネロのオーバーハンドライトがゴロフキンの顔面を捉える
カネロのオーバーハンドライトがゴロフキンの顔面を捉える

 立ち上がりの左の差し合い、主導権争いは緊迫感に満ちた。期待どおりだった。左の大振りで脅かしたいカネロを、ゴロフキンはジャブだけでコントロールしようとする。だが、そこからより踏み込んだパンチの交換になると、身体のキレ、スピードの差でカネロがはっきりとリングを支配していった。クイックのワンツー、リードなしの右クロス、上下の打ち分けと、目先を変えながらゴロフキンを誘い出し、防御に穴を開けようとするカネロの前で、明らかにスローな40歳のカザフスタン人は慎重になり、ジャブから先がつながらない。

豪快なカネロの左フック。これがゴロフキンの右を封じたのか!?
豪快なカネロの左フック。これがゴロフキンの右を封じたのか!?

 6月24日、ロサンゼルスでスタートしたプロモーション。カネロはのっけから、刺激的な言葉でゴロフキンへの敵意を顕わにし、「彼を粉砕してみせる。彼のキャリアを終わらせる。難しいことだが私が目指すのはそこだ」と宣言し、ゴロフキンの手を封じこめながらどんどん圧力を強めていった。4回には浅目ながら左フック、5回には右ストレートでカザフスタン人の顔をとらえた。出て引いて揺さぶりをかけ、KOのチャンスを探している。カネロは圧勝へ、フィニッシュへと突き進んでいるように映った。

派手さはなかったものの、ゴロフキンのジャブは的確にカネロの顔面を襲った
派手さはなかったものの、ゴロフキンのジャブは的確にカネロの顔面を襲った

 ところが。8回の終盤から、メキシコ人は目に見えてペースを落とすのだ。ゴロフキンの右アッパー、右クロス、側頭部を打つ得意の左フックが、その失速を誘ったかもしれない。が、カネロは試合後、「手の問題が大きかったし、完璧な練習ができなかったことも、後半に影響した」と、自らにあった不安要素を告白するのである。手の問題とは、昨年11月のケイレブ・プラント(アメリカ)戦から続くという左手首の故障で、手術を要するほどだったという。

左フックの相打ちに優るゴロフキン。カネロのガードの内側を抉るショートは冴えていた
左フックの相打ちに優るゴロフキン。カネロのガードの内側を抉るショートは冴えていた

4年ぶりに実現した、互いが渇望した対戦

 実現までに、第2戦から4年の時を要した第3戦。もともとこの戦いを渇望していたのが、ゴロフキンだったことは間違いない。判定に大きな議論を残した初戦のドロー、カネロのドーピング問題を経て、両者感情にまみれた再戦は僅差2-0ながらカネロの手に。採点への不満を抱えるゴロフキンは再起し、迫る老いに抗いながら、カネロが放出したIBF王座に返り咲く。今年4月には日本に赴き、凄まじい覚悟で向かってくるWBAスーパー王者、村田諒太(帝拳)の大奮闘を9回に断ち切り、かつて保持したベルトを奪還。カネロという標的に向かって、前進したのだった。

インサイドから突き上げるカネロの右アッパー
インサイドから突き上げるカネロの右アッパー

 しかしカネロの方も今回、ゴロフキンという好敵手を必要としていたのかもしれない。
 強すぎるがゆえライバルは不在、自らの凄さのみで世界に名を轟かせ、伝統のミドル級を一人で牽引してきたカザフスタン人に対し、第1戦とは違う戦術を見事に遂行して第2戦を制したカネロは、大きく羽ばたいた。勝者は、第3戦への興味を示さない。大胆に階級の壁を越えながら勝ち続け、スーパーミドル級の世界4王座統一に成功したカネロは、パウンドフォーパウンド最強の評価を勝ち取り、ボクシング界イチのセレブとなる。だがこの5月、無敵のはずの男は、WBA世界ライトヘビー級王者ドミトリー・ビボル(ロシア)に挑んで判定負け。 2013年9月に帝王フロイド・メイウェザー(アメリカ)に敗れて以来9年ぶりの黒星で、競争が激しいPFPの頂から一歩後退する。そんなキングが復権を期すなら、選ぶべきは自分を最も輝かせてくれる相手。トリロジーという話題性、勝っている自信とともに、自身の最高値を引き出してくれる対戦者として、カネロにとってゴロフキン以上の存在は見当たらない。

右フックでゴロフキンのボディを狙うカネロ。必殺の左ボディを打たなかったのは、負傷のせいだった
右フックでゴロフキンのボディを狙うカネロ。必殺の左ボディを打たなかったのは、負傷のせいだった

 ファイトウィークに、4年前のような一触即発の緊張状態はなく、二人の落ち着いた言動が、むしろ試合自体への関心を引き寄せたのではないだろうか。現地入りのセレモニーで、久々に自ら英語でインタビューに答えたゴロフキンの明るい笑顔に、好調さがうかがえた。初めてのスーパーミドル級の体重調整について「ひとつ余分にディナーが食べられる。タコス5つくらいね」とジョークを飛ばし、カネロの口からも思わず笑いが漏れる。前日の計量はカネロ75.9kg、ゴロフキン76.0kgとともにアンダーでパス。ライトヘビー級でも戦うカネロに対し、新たな階級に挑む40歳ゴロフキンの身体も彫刻のようにシェイプされている。大方の予想はカネロに傾いていても、簡単な戦いにはならない。そこでカネロが決意のとおり「KO」を狙うなら、ボディか。それともマニー・パッキャオ(フィリピン)とファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)の第4章のような超絶フィニッシュシーンが待つのか。ボクシングファンはいつも「劇的」を期待しているのである。

 だが、その時は訪れなかった。

敗者は現役続行を表明。勝者はしばしの休息へ

終了ゴングと同時に長く抱き合った両雄

終了ゴングと同時に長く抱き合った両雄

 ゴロフキンは試合後にこうコメントしている。「今回は今までよりチェスマッチだった。私がビッグパンチをもらっていないのは、顔を見てもらえばわかると思うけれど、技術的なミステイクによってスタートが遅れ、相手の小さいショットを許してしまった。近づいて、カネロのスキをつくり出すつもりだったけれど、それを始めるのが遅くなってしまった。後半は私が取ったと思う。彼はパワーもスピードも落ちたね」

「疲れてしまった」という9回、カネロはこの日初めてロープを背にした。10回から、近い距離での攻防になる。ボディ打ち、アッパーで一進一退。ゴロフキンはカネロのパンチに対応し、拳を差し込み、クリンチ際を叩くなど老獪さを見せる。リング上の空気感も変化した。二人は、ラウンドはじめにグローブを合わせるようになる。ライバル同士のリスペクトは、試合後にかわす抱擁へとつながるものだっただろう。しかし今回、物価高騰のラスベガスに足を運んだ、またはペイパービューを買った人々が期待した、決定的な最終決戦の結末からは、遠ざかっていったのだ。

 カネロはこれで62戦目58勝(39KO)2敗2分。ゴロフキンは45戦42勝(37KO)2敗1分。

ベルトを誇示するカネロ。しかし、その表情は曇ったままだった
ベルトを誇示するカネロ。しかし、その表情は曇ったままだった

 満員の観客が去り、ロープが外されたリング上に設えられた記者会見の檀上で、ゴロフキンは現役続行の意思を明らかにしている。
「またリングに戻る。160ポンドのベルトを3本(一本はマイナーのIBO)持っているしね。今日はとてもクリーンなファイトだったけれど、負けたと思ってはいない。ダメージを受けていないし、まだパッションも燃えているよ」

 一方、終盤に切れた右瞼を縫合してから会見に姿を見せたカネロは、長い時間待った記者たちの質問に答えた。試合終了後のハグについては、「ファイターとしてゴロフキンをとてもリスペクトしている。3試合もリングをシェアできて幸せだ」と答えた。ビボルへのリベンジマッチを希望しつつ、左手首手術の可能性も含め、「まずは休息が必要だ。次は5月になるか、9月になるか、わからない」と言った。今夜のパフォーマンスについては、「スコアは聞いていなかったけれど、勝ちと聞いただけで十分。はっきり勝てて満足している」とした。が、かねてからカネロとの対戦を希望している26勝23KO無敗のWBC暫定スーパーミドル級王者デビッド・ベナビデス(25歳=アメリカ)、11月にビボルに挑む44戦無敗の元WBO世界スーパーミドル級王者ヒルベルト・ラミレス(31歳=メキシコ)らの名が今後のライバル候補として挙げられると、カネロは苛立ちを隠さなかった。

 9年ぶりの黒星からの再起戦、宿敵とのトリロジーは、現役最強の評価を取り戻すには遠かった。それでもカネロが業界イチの“ドル箱”選手であることは変わらない。手首の状態、今後のプランについて、遠からぬうちに情報はアップデートされるだろう。

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