東洋太平洋スーパーウェルター級チャンピオンの渡部あきのり(角海老宝石)は16日、東京・後楽園ホールで8位にランクされるシティデット・バンティ(タイ)とタイトルマッチ12回戦を行い、2回1分46秒でKO勝ちし、タイトル初防衛に成功した。かつて『牛若丸あきべぇ』の名前で売り出したサウスポーの強打者も今や34歳の大ベテラン。「今日で47戦目、ときどきの自分が一番強いと思っています。だから、これからを見てほしい」と勝者は、まだまだ成長する『渡部あきのり』をアピールした。
上写真=渡部の右ボディフック。バンティは吹っ飛んで動けない
一瞬のうちのKO劇だった。2ラウンド半ば、渡部が打ち込んだ右フックがバンティの腹を突き刺す。すると、タイ人は弾かれたように宙を飛び、そのまま仰向けにキャンバスに。ピクリとも動かないまま、吉田正敏レフェリーにカウントアウトされた。
もともとあってしかるべき結末だった。「スーパーウェルター級で戦うのは初めて」とバンティ本人が語ったように、4ヵ月前にはウェルター級8回戦で、アマ出身の強打者、高橋拓磨(ワールドスポーツ)にKO負け。2年前には60キロを割り込むウェイトで戦った記録もある。この日はチャンピオンと同じくサウスポースタイルで戦い、柔らかな上体の動きと間合いがひとつ遅れてくるパンを駆使。やりにくさを演出したが、そこまでがやっと。この日で33度目のKO勝ちをマークした渡部(39勝7敗1分)の豪打に砕け散った。
あるいは、このマッチメイク、タイトルマッチと言えど、お披露目の意味もあったかもしれない。8月に韓国で激戦の末にTKO勝ちしてOPBFタイトルを奪取してから、国内では初の試合になる。日本のファンの前で、晴れがましい姿を見せてやりたいとのジム側の温情もあった。だが、渡部が見せたかったのはそれだけではない。もっと強くなった自分自身である。
「18歳でプロになって16年目。今年になってから、初めて分かったことがあります。何があっても慌てない、冷静に戦うことの大事さです」
実務時間5分弱。あっけないKO劇にも、成長の道筋だけをは見せられたと自信もある。
『これまで』の渡部をたどるなら、さまざま出来事があった。随分と遠くまで、大きな半円を描く回り道もさすらった。
プロ2戦目から日本記録タイとなる15連続KO。このころは若きKOスターの登場と、広く人気を集めた。ただし、日本記録をかけて挑んだ日本ウェルター級タイトルマッチでは、実力者の湯場忠志(都城スポーツ)に初回KO負け。続く2試合もKOで敗れる。結局、チャンピオンベルトにたどり着くまで7年の歳月を費やした。
とのとき手にした日本と東洋太平洋のタイトルを手放すと、また5年間も無冠の日々を過ごすことになる。その間にジムも2度も移籍した。
昨年、ようやく日本スーパーウェルター級“暫定”チャンピオンとして、『チャンピオン』の名にありついた。それも4ヵ月後、高校(埼玉・花咲徳栄)の後輩でもある正規王者、新藤寛之(宮田)との王座統一戦で引き分けに終わる。規定により暫定チャンピオンの座を守ったが、潔くかりそめのタイトルを返上。さらにファンがその名を忘れかけたころ、東洋太平洋チャンピオンに返り咲いた。そして今日を迎える。
ボクシングの勉強はずっとやってきたつもりだ。フロイド・メイウェザーの軽妙なボディワーク、カネロ・アルバレス、ゲンナディ・ゴロフキン、エドウィン・バレロの激しいプレス。さまざまなトップボクサーのテクニックを盗みたいと試みた。現在も村田諒大(帝拳)のブロッキングを真似たいと、研究中という。
「やりたいと思っても自分にできるかどうかは別の話。身の丈に合った分だけ、自分に取り込んできました。そんなさまざまが混ざりこんで『渡部あきのり』になっています」
この言葉、はからずも井上尚弥(大橋)とまったく同じである。どこまでも行き行きて、渡部もそんな高みまで到達したのか。
「世界チャンピオン。言っていい立場なのかどうかをわかりませんが、ボクサーである限り、そこを目標にしないと。そのためなら世界のどこでも行くし、どんな条件も飲んでみせます」
ずっと大人になった渡部は、ほどほどに身分をわきまえながらも、心に宿す野心は隠せなかった。
文◎宮崎正博 写真◎小河原友信
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