井上尚弥(大橋)との壮絶なフルラウンドを戦い、ボクシングファンのみならず、日本中に強烈なインパクトを残したノニト・ドネア(36歳=フィリピン)。彼はニッポンのサムライを愛し、無類の親日家として知られ、来日経験も豊富。その彼が2年前にトレーニングで訪れた際、アポイントなしの直撃取材をお願いしたところ、快く受け入れてくれた貴重なインタビューがある。彼のトレーニングを目の前で観察し、感じたことをぶつけるという試み──。いま、この時点で読み返すと、また違った視点で“あの死闘”を振り返ることができる。 ※2017年8月30日初出
フライ級からフェザー級まで世界5階級制覇を果たしているノニト・ドネア(フィリピン)。ニックネームは“フィリピーノ・フラッシュ”。
ボクシング界を超越した、時代のスーパースター、マニー・パッキャオに次ぐ、フィリピンが生んだ至宝である。
そのドネアが、7月下旬から8月上旬まで、親交のある日本バンタム級チャンピオン、赤穂亮(横浜光)のV1戦(8月5日)観戦のため来日。そしていったん「子どもたちに会うため」に帰国し、今度は「自身のトレーニングのため」、すぐさま日本へ舞い戻ってきた。
昨年11月、新鋭ジェシー・マグダレノ(アメリカ)にWBOスーパーバンタム級王座を奪われて現在は無冠。その後、トップランク・プロモーションを離れ、ゴールデンボーイ・プロモーションでならした敏腕プロモーター、リチャード・シェイファー氏が率いるリングスター・スポーツと契約。次戦はノンタイトル戦となる模様だが、9月23日に予定されているという。
ドネアといえば、ボクシングファンにとって伝説の1戦がある。あの長谷川穂積(真正)からWBCバンタム級王座を奪い去った(2010年4月30日)フェルナンド・モンティエル(メキシコ)を、実質ワンパンチでねじ伏せた(2011年2月19日)戦慄の左フックカウンターだ。
絶妙のポジションを確保しながら、モンティエルの右を先に打ち出させ、後から追いかけるようにして放たれた一撃。
大の字になり、天を仰ぎながら両足をバタつかせる(痙攣させる)メキシカンの衝撃的シーンも相まって、ドネア伝説はひとつの到達点を迎えるに至った。
そしてこの瞬間、ドネアにとって、“レフトフック”は完全なる代名詞となった。
しかし──。
以前、井上尚弥(大橋)について触れたときと同様、ドネアも「ハンドスピードとパンチングパワー」ばかりが注目されてやしないか、と常々思ってきた。もちろん、ボクシングは腕と拳でパンチを繰り出し、それで相手を打つ競技。そこに人々の耳目が集中するのは当然だ。けれども、もっとシンプルに考えてみたい。「座ったまま、あのスピードやパワーを生み出せますか?」と。
記者として、ファンとして、もう1度、しっかりと目に焼きつけたい。できれば、長年、訊いてみたかったことを直接確認したい。そんな想いだった。そしてそれがついに、思いがけず、あっさりと実現した。
入念なウォーミングアップ、シャドーボクシング。赤穂、日本フェザー級6位の渡邉卓也(青木)とそれぞれ4ラウンドずつスパーリング。北原将夫トレーナーとのミット打ち……。
ドネアの頭の先から足の先まですべて入るように、カメラを縦に構えながら。ときにファインダーから外し、自分の目のシャッターを切りながら。
足の裏に吸盤でもついてるんじゃないか? というくらいの粘りと弾力。足の裏は“一点”ではなく、“全体”を有効に使っている。つま先立ち、かかと立ちしても、体がブレることはない。足首の柔らかさ、強さが理解できるし、それを有効に使った左足の向きでパワーの出力方向を決める。
「何をセンサーにするか」は、選手の数だけ無数にあると思う。が、ドネアの場合は、“左足”がアンテナであり、センサーを務めており、これによって、自分の体、動きをコントロールしているように思えた。
長らくドネアのコーディネートを務め、ドネアの信頼も厚く、すっかり友人関係となった植田眞壽さんに、「ちょっとだけ話を聞かせてもらえますか?」と尋ねると、「もう、今やっちゃいましょうか」と即OK。トレーニングをひと通り終えたドネアは、汗まみれのまま、こちらを嫌がる素振りも見せずにすんなりと応じてくれた。
──日本の様々な選手とかなりスパーリングをしていると聞きました。
<※赤穂、渡邊の他、岩佐亮佑(セレス)、伊藤雅雪(伴流)、細野悟(大橋)、源大輝(ワタナベ)、清瀬天太(姫路木下)、千葉開(横浜光)etc.>
いろいろなタイプの選手と手合わせしていますが、総じて印象は?
「世界のどこにいっても通用するレベルの高さを感じています。だから、私が調整するにあたって、とても良い経験になっています」
──スパーリングだけでなく、あなたの練習全体を見ていて、攻撃と防御、いずれに入っていても常に次の動作を意識していると感じます。
「次の動きを考えた動作というのは、ここ何試合か、自分でも忘れかけていたと感じています。なので、それを取り戻そうとしています。最終的には、次ではなく、もっと先を見すえた動き──たとえばジャブを打って次のパンチを、ではなく、その次、またその次の動きを考えた動作をできるようにです」
──取り戻したいというのは、フライ級、バンタム級のころの、足をベースにした動きですか。
「今までのキャリアの中、徐々に階級を上げてきた過程で、動くスピードよりも、強いパンチを打たなければいけないという頭があって、それをするには強い踏み込みが必要だと考えてしまっていました。
でも、自分にいちばん必要なもの、相手にとって危険なものは、スピードを駆使しての見えないパンチだという考えに至ったんです」
──先日の公開練習(7月26日)で、赤穂選手にアドバイスしていたこと(強打を打とうという気持ちを、強く持ちすぎないように)は、同時に自分への心がけでもあると。
「アカホにアドバイスすることによって、直接ではないにしても、自分でもこうしなければいけないなと、思い出させられることはあります」
──あなたのボクシングを見る場合、多くの人がスピードや左フックのキレ、カウンターなどに注目しがちですが、足、特に左足の使い方が巧くて特徴的だと以前から感じていました。
「攻撃に関していえば、左足の動きであったり位置であったりということが、パンチのキレやパワーに直結します。そこをきちんとしていないと、パンチの質も変わってきてしまうので、とても意識しているところですね」
──ステップイン、ステップバックするときはもちろん、間合いがあってタイミングや距離をはかっているときの足の裏の使い方が非常に印象的です。そして、左足のつま先を立てて、ヒザを柔らかく使っていますよね。
「足の使い方、足の裏の使い方も含めて、それを起点にして、そこからパワーを生み出しているんです。中途半端なところからスタートすると、動きもパワーもストップしてしまう。
それをしなくても、ある程度はパワーは伝えられますが、足の裏を使ったほうが、最高潮のパワーを生み出せるんです」
──足の裏、ヒザを使うことによってリズムもとれますよね。
「そうです。そこで得たリズムで戦うと、攻撃でも防御でも動きやすいんです」
──それを赤穂選手にも得てほしいですね。赤穂選手の場合は、攻撃と防御に流れるような連動したリズムが足りないと思うんです。一瞬の“間”ができてしまう。
「アカホの場合は、攻撃重視のタイプなので、そこが彼の良さといえばそうなんですが、ディフェンスに入った場合でも、体が攻撃の形で残ってしまっているので、打たれてしまうんです。だから、そこは修正したほうがいいと思います。
この前、ジムに来た子どもたちにも教えたんですが、いちばん最初に教えるのは、攻撃とディフェンス。それぞれに移る際のバランス。そして特に強調したのは、攻防どちらでもない状態にあるときの重心ですね。必ず体の真ん中に置いておくこと。前のめりになっていたら、いざディフェンスするときに倍戻らなければいけないですから」
──それは素晴らしい。そして、打ったらバランスを戻す。引いたらバランスを戻す、ですね。
あなたのスパーリングを見ていると、ラウンドごと、相手によって、テーマ
を持ってやっているのがわかります。
「スパーリングではいつも何かしら、たとえば距離を意識したりテーマを持ってやっています。ジャブだけを打って、相手のパンチをもらわないように──と意識すればそれはできますが、いつもは相手の距離を把握するようにしたり、カウンターのタイミングを計ったりしながらやっています」
──前々から、あなたの試合を見てきましたが、足の使い方、バランスのとり方に対して、どのような意識を持ってやっているのかぜひ訊いてみたかったんです。
「それは嬉しいですね。アリガトウ!(笑)。
足の使い方によって、パンチを打つのも大事ですけど、今回はパンチを強く打つよりも、その足を使いながらいかに動くか、そして動きながらパンチを打ち込むか、そこを集中してトレーニングしているんです」
──あなたも会ったことのある井上尚弥選手もそうですが、人はどうしてもパンチを見てしまう。でも、井上もあなたも下半身、足にポイントがあると思っていました。
「そうですね。みんな上半身しか見てくれないんですが、私は下も見てほしいし、私自身、人の試合を見るときは、足ばかり見てるんですよ!」
汗を洗い流したいはずなのに、疲れているから休みたいはずなのに、ドネアは一つひとつの質問に対して、ものすごく真剣な眼差しで、しっかりと考えて、言葉を与えてくれた。
そんなドネアが最後に付け加えてくれたのが、次の言葉だ。
「スパーリングと試合の大きな違いは、どっちが先にヒットするか。サムライの剣の戦いと一緒です。先にヒットしたほうが勝つ。
真剣と竹刀の戦いだったとしたら、なおさら真剣のほうが、先に当ててしまえば勝ちですよね」
親日家で日本の文化に造詣が深く、日本の武士の映画も数多く観ているという話も聞く。そんなドネアだからこそ、サムライの戦いとボクシングを重ね合わせ、「斬られたら最後。斬られずに斬る」というボクシング観を披露してくれたのだろう。
「無駄を削ぎ落としていくタイプの選手が多い中、ドネアは他の選手の良いところを吸収して自分をつくり込んでいくタイプですね。
ジムに流す映像を彼がリクエストしてくるんですが、最近のお気に入りはテレンス・クロフォード(アメリカ=4団体統一世界スーパーライト級チャンピオン)。
でも、シュガー・レイ・レナード(アメリカ)やフロイド・メイウェザー対ディエゴ・コラレス戦もリクエストされて、それを見て、彼らの動きを取り入れた動きをしてみたりするんです。
あれほどの選手なのに、いまだに貪欲に何かを人から吸収しようとする姿勢は凄いです」(北原トレーナー)
ギジェルモ・リゴンドー(キューバ)に敗れ、ニコラス・ウォータース(ジャマイカ)に敗れ、そしてマグダレノに敗れ……。
紛れもなく、すでに歴史を築いたドネアだが、まだまだリングで表現したいものがあるのだろう。そして、原点に立ち返ろうと、必死に闘っている。
34歳。41戦37勝24KO4敗。
もう1度、閃光が煌めく瞬間の訪れを心から願う。
そしてこちらもまた、人生における大切なものを学んだ。
文&写真_本間 暁 通訳_植田眞壽
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