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2019-09-02

【女子ボクシング】帰ってきた宮尾綾香 12日、アラルコンとWBA王座統一戦へ

2度決まりかけては流れ、ようやく決まった団体内王座統一戦。前戦から10ヵ月のブランクが空くことになったが「とにかくチャンピオンになりたい」。ただ、その一心だったという。9月12日、東京・後楽園ホールでWBA女子世界アトム級正規王者のモンセラット・アラルコン(メキシコ)と対戦する同級暫定王者の宮尾綾香(ワタナベ)。本来なら昨年11月に挑戦が実現していたはずだった。アラルコンのケガで急きょ決まった暫定王座決定戦に勝利。しかし、3年ぶりに巻いたベルトは「私のなかで別物。チャンピオンになりたいという気持ちは、ずっと変わらずにありました」と真っ直ぐな目で振り返る。

写真上=9月12日、WBA女子世界アトム級王座統一戦に臨む宮尾綾香。ファンからプレゼントされた8オンスのグローブには、忘れがたい「2015.10.22」「2016.12.13」の日付が記されている

大きかったベルトの喪失感

「胸にぽっかり穴が空いた感じ」は4年前からだ。

 2015年10月22日、当時のWBC女子世界アトム級王者で15連続防衛中の小関桃(青木)との王座統一戦。日本人王者同士のライバル対決は期待にたがわぬ熱戦となり、その年の女子年間最高試合に選ばれたほど。初回に先制のダウンを奪うものの、小関が脇目もふらずに盛り返し、宮尾も負けじと応戦。小差の判定をものにしたのは小関だった。
 
 悔し涙があふれた試合後の控え室。「やってて楽しかったし、応援してくれる人たちへの感謝の気持ちでいっぱい。いい試合だったよって言ってもらえたら、ちょっとは報われるかな」と最後は気丈に笑顔を見せていたが、3年にわたって5度守り続けたWBA王者の座を失った喪失感は、想像以上に大きかった。

「チャンピオンのときはあった自信が、ベルトがなくなった瞬間、ガタガタに壊れて。ベルトだけじゃなくて、ごっそり持っていかれたなって。それが、たったひとつ自分が生きているなかで誇れることで、それがなければ何もないんだなって……」

 いつか、こう心情を表していた宮尾にとってアラルコン戦は、失ってしまったものを取り返すための戦いにもなるはずである。

アクシデント、そして復帰

 この間には大きな試練もあった。

 2016年12月13日、王座返り咲きを目指し、池山直(フュチュール)に挑戦したWBO女子世界アトム級タイトルマッチの6回だった。バックステップした際、足を滑らせて転倒。一度は懸命に立ち上がったものの、すぐに力なく崩れ落ちる。試合直後に病院に直行し、下された診断は右ヒザ前十字靭帯の断裂。宮尾は当時33歳。選手生命も危ぶまれる重傷だった。

 しばらくの療養、手術、リハビリと続いた最初の数ヵ月は「練習ができない不安と、このまま体が動かなくなるんじゃないかという恐怖」との戦いでもあった。やっとジムに戻れたのは夏。だが、右ヒザを装具でしっかり保護し、足を止めた状態でパンチを打つ動作をゆっくり繰り返すまでが、医師に認められた精一杯だった。「抜けられないトンネルのなかにいるような」我慢の日々は、さらに続いた。

 医師から本格的なジムワークの許可が出るのは、12月も後半に入ってからだった。すでに1年もの時間が過ぎたことになるが、復帰への思いが揺らいだことは「一度もなかった」ときっぱり言った。そのとおり、宮尾は転んでもただでは起きない芯の強さを見せる。

インターバルに梅津トレーナーのアドバイスに耳を傾ける。信頼関係で結ばれたふたりだ

 まだ「止まって、打つ」の段階から、1から自分のボクシングの再構築に取り組んだ。元日本フェザー級王者で、探求心旺盛な梅津宏治トレーナーのもと、まず足裏のどこでバランスを取るかによって、その人の体の使い方が4つに分かれるという「4スタンス理論」で自分のタイプを知った。その上で首の付け根、みぞおち、股関節、ひざ、足裏の5つの点のうち3つが真っ直ぐそろうと体の軸ができて、動きが安定するという「5ポイント理論」をボクシングの動きの一つひとつにじっくり落とし込んでいった。

 長年、体にしみついた“クセ”を矯正するのは簡単ではなかったが、少しずつ動きがなじんでくると「どれだけ打ちづらい打ち方、動きづらい動き方をしていたのかがわかった」という。

「傍から見て、きれいな動きとかではないんですよ。でも、自分のなかでは打ちやすいし、動きやすいし、パワーも乗るし。ハマったっていう感じですね」

スパーリングの際には今でも右ヒザをサポーターで保護する。「もう大丈夫だけど、お守りのつもり」(宮尾)

 しっかりパンチを打ち込み、ナックルを当てる、上だけではなく、ボディブローも。いずれも梅津トレーナーが感じてきた女子に足りないもので、宮尾に意識づけてきたことである。リングを飛び回るようなフットワークは宮尾の武器だったが、その飛び跳ねるようなステップも、重心を落としたまま平行移動する形に改善された。

 そして長い時間をかけて、ふたりで地道に取り組んできた成果が復帰後の2試合で見事に出ることになる。

 1年半ぶりの復帰戦となった昨年6月のアイサー・アリコ(フィリピン)戦。試合前のリングチェックだけで「感極まって、涙が出そうになった」という一戦で見せたのは、徹底したボディ攻撃。力の差がある相手ではあったが、これまでにない力強さを披露し、4回TKO勝ちで再起を飾った。

 新生・宮尾をより印象づけたのが、その5ヵ月後の暫定王座決定戦だった。アラルコンの代役として対角のコーナーに立ったのは、因縁の池山である。初回、入り際を捉えた右ストレートでいきなり不倒の池山を倒した。「自分でもびっくりした」と試合後に振り返った痛烈なブローは、パンチを打ち込むことを体に覚え込ませてきた賜物だった。

 さらに屈強なフィジカルを持つ池山のアタックにも押し負けなかった。体の軸を意識し、低い姿勢から押し返す動きが徹底されていたからだ。縦横のステップも織り交ぜ、10ラウンドをフルに戦い抜いて3-0の判定勝ち。同時に日本ボクシングコミッション(JBC)が女子を公認する以前の4回KO負けを含めて、2戦2敗だった池山への雪辱も果たした。

前よりも強くなった姿を見せたい

目指すボクシングの「道しるべ」という梅津宏治トレーナー(右)とともに右ヒザ前十字靭帯断裂という大ケガを乗り越え、宮尾は生まれ変わった

 今、宮尾には目指すボクシングに至る道筋がはっきり見えているという。

「道しるべになってくれたのが梅津さん。まだゴールではないけど、着実に近づいてるなって」

 かつての速い出入りを駆使した「宮尾らしい」と言われるスタイルは「それしかできないって言われてるみたいで逆に悔しかったし、ずっとそれを打破したかった」。この8月29日で36歳になった。「自分のなかでは、もうとっくに引退してると思ってました」と笑うが、ボクシングをとことん追求している今が「すごく楽しい」という。

「20歳から16年続けてきて、もっとやりきりたいっていう気持ちがあるし、前にチャンピオンだったころは、あのころなりに自信を持ってやってたと思うけど、今はちゃんとした自信というか(笑)、自信のあり方がまったく違うので」

 4回戦時代からのファンから贈られ、ジムワークで愛用している8オンスのグローブの右には「Remember the day」と刺繍が施され、左には「2015.10.22」「2016.12.13」とふたつの日付が記されている。

 4年前、小関との王座統一戦に敗れ、自信は「ガタガタに壊れた」が、3年前に負った大ケガから立ち上がり、試練をたくましく乗り越えてきた。一つひとつ築き直した自信を携え、トップ戦線に復帰。それでも胸にぽっかり空いた喪失感は「チャンピオンにならなければ、絶対に埋められない」という。

 アラルコンは、キャリアで初めて迎えるメキシカン。一昨年4月には、当時のWBO女子世界フライ級王者・好川菜々(堺東ミツキ)を下し、3階級上のベルトを巻いたこともある。

「強い選手です。だから、女子でもこれだけのレベルの試合ができるっていうのを見せられたらいいなって。もう一度、チャンピオンになりたいからといって、前に戻りたいっていう気持ちはさらさらないし、前よりも強くなったところをしっかり見せたい」

 宮尾が、目指す自分のボクシングの完成形とともに見据えるのが「望みは高いところに置いて4団体統一」。現在のアトム級は、WBCがファビアナ・バイトイキ(チェコ)、IBFが花形冴美(花形)、WBOが岩川美花(高砂)と2本のベルトが日本にあり、花形は同じ日のメインで池山を迎え、初防衛戦に臨む。まずは、その前の試合で強烈なデモンストレーションを行い、勝者に挑戦状を突きつけるつもりだ。

取材・文◎船橋真二郎

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