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2023-05-02

【連載 泣き笑いどすこい劇場】第16回「懸賞」その2 

ホームレスに同情してしまった曙の優しさ!

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【連載 泣き笑いどすこい劇場】第16回「懸賞」その2 

色とりどりの懸賞の垂れ幕が土俵上をゆっくりと回る景色は大相撲ならではと言っていいでしょう。
相次ぐ不祥事で一時は激減しましたが、平成24年初場所初日は90本もかかるなど、かなり戻ってきました。勝ち力士が手刀を切って受け取る懸賞袋の中味は1万円のピン札3枚。
力士たちにとってはありがたい場所中の臨時収入であり、何よりの応援歌です。
使い道も十人十色で、さまざまな人情ドラマも生まれます。
そんな懸賞にまつわるエピソードを集めました。
※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。

情けを叱られた曙
 
勝たなくては手に入らない懸賞。勝って気分よくその日の食事代に消える、というのが使い道の大体のパターンだ。若貴フィーバー華やかなりし頃のことである。

宿敵貴乃花に勝ってご機嫌の横綱曙は、付け人らを引き連れて食事に出掛けた。フトコロには、この日ゲットばかりのしたぶ厚い懸賞の束がネジ込んである。お目当ての店に着き、いざドアを開けて中に入ろうとしてふと横を見ると、いかにも尾羽うち枯らしたといった格好のホームレスの男が、折からの冷たい雨に濡れながらゴミ箱をあさっていた。今の自分とはあまりにも対照的な姿で、席に着き、次々に運ばれてくるうまさそうな湯気の立つ料理を前にしながらも、曙はその男のことが目に焼き付いて離れない。
 
とうとう我慢できなくなった曙。その日獲得したばかりの懸賞の束をフトコロからつかみだすと、店の外に取って返し、

「これでどこかでうまいものを食べて」
 
と差し出した。この棚からボタモチならぬ横綱から大金に、そのホームレスはお礼を言うのも忘れてポカーンと立ち尽くしていたそうだ。

たまたまこの曙の突飛な行為を近くで目撃した警官がいた。そして、こう言って曙をとがめたという。

「横綱、そういうことをしないでください。横綱はそれで気が済んだかもしれないけど、この男はもらったお金で酒を飲んで酔っ払うだけ。決して身のためになるような使い方はしないんだから」
 
しかし、曙はこの後、気持ちがすごく楽になり、店に戻るととてもおいしく食事をいただいたという。力士としての素質は上だったにもかかわらず、曙が貴乃花のちょうど半分の11回の優勝回数に留まったのは、この人の良さが災いしたのに違いない。

月刊『相撲』平成24年2月号掲載

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