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2023-08-29

【連載 泣き笑いどすこい劇場】第19回「気合」その1 

大乃国が意地を見せ、千代の富士の連勝を53でストップ。「負けた相手が横綱でよかったよ」と千代の富士はのちに語っている

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暑さの続く夏、こういうときは行動を起こすのも大変ですが、そこは気合です。
一念発起、気合を入れてとりかかれば、不可能なことも可能になり、新たな道が開けるってもんです。
現に、そうやって活路を開いた力士がいるんですから。
そんな気合のエピソードを紹介しましょう。
※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。

俺も横綱だ!
 
昭和63(1988)年九州場所14日目、横綱千代の富士は大関旭富士(のち横綱、現伊勢ケ濱親方)を降して千秋楽を待たず4場所連続通算26回目の優勝を決め、合わせてこの年の夏場所7日目から始まった連勝を「53」まで伸ばした。平成22(2010)年秋場所、白鵬に抜かれるまで双葉山の69連勝に次ぐ昭和以降2番目の記録だった。

翌千秋楽の相手は大乃国(現芝田山親方)。こちらも東西を分ける横綱だったが、11勝、12勝、8勝という前3場所の成績を見ても分かるようにピリッとせず。この場所もすでに4敗し、千代の富士との横綱対決も4連敗中。つまり。千代の富士と対照的な存在だったのだ。対決前日の14日目の朝、師匠の放駒親方(元大関魁傑)は、

「どうせ勝てっこないな。今場所も、そんな相撲は取れていないもの」

とため息。これを聞いた大乃国は心穏やかではなかった。

「よしっ、そんな相撲が取れるか取れないか、やってみようじゃないか」

と気合が入ったのだ。千秋楽の朝、大乃国はいつもより1時間早く起きて土俵に降りると、自分の呼吸で立つ立ち合いの稽古を何回も繰り返した。このマイペース立ち合いが、鮮やかに的中。仕切っている最中、千代の富士は、

「やけに向こうの動作が遅いな」

と感じたそうだが、気にも留めずにいつものペースで立ち、立ち上がった瞬間、大乃国に得意の左上手を掴まれた、いわゆる“後の先”の立ち合いだ。そして、最後は203キロの巨体を浴びせられ、寄り倒された。

「負けるときはこんなもんだけど、ガクッだよ。また連勝を狙うかって? もう終わりだ」

と、連勝をストップされた千代の富士は歯ぎしりして悔しがったが、後の祭り。まんまとしてやり、横綱の面目を施した大乃国は、

「今まで相手に合わせ過ぎていましたから。今日はゆっくり、自分の力を貯めて立とうと思った。連勝を止めてやろうという気持ちはなかったけど、自分も横綱ですから」

と興奮冷めやらぬ表情で話している。横綱に昇進して以降、大乃国は千代の富士、北勝海(現八角親方)の九重コンビにいいように振りまわされ、苦闘続きだったが、大乃国ここにあり、と存在感を見せつけた瞬間だった。

月刊『相撲』平成24年5月号掲載

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