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2023-08-15

【連載 泣き笑いどすこい劇場】第18回「リラックス法」その3

手をつかずにアゴから土俵に落ちた朝青龍。支度部屋では微妙な一番にやり切れない思いを吐露した

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負けまいとしている相手に勝つという作業は容易なことではありません。
横綱白鵬は「全身全霊」という言葉が好きでしたが、まさに持てる力の最後のひと絞りまで注ぎ込まないと白星をもぎとることはできません。
とは言え、15日間、同じように闘争心をかきたて、土俵に集中するというのも鉄人ワザです。
力士たちはどこでどんなふうに張り詰めた心を解き放ち、また前日にも勝る闘志を燃やすのでしょうか。
あのとき、あの力士がやったユニークなリラックス法を紹介しましょう。
※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。

熱唱で吹っ飛ばせ

平成17(2005)年名古屋場所11日目、横綱朝青龍は6戦して6勝と絶対の自信を持っていた東前頭6枚目の黒海の攻めをこらえ、反撃に転じたところを引き落とされ、際どい勝負になったが、行司差し違いで敗れた。この3日前にも当時小結だった琴欧洲(当時琴欧州、現鳴戸親方)に物言いの末、負けている。このときは軍配通りだった。

どっちに転んでもおかしくないような相撲を2番も微妙な判定で落とした朝青龍は、

「おかしいよ。オレ、手をつかないで、アゴから落ちたんだから。ちゃんと(黒海の足が土俵を出るところを)見ていたんだよ。こんなんじゃやってられないよ」

と怒りを爆発させ、憤然とした表情で支度部屋から引きあげていった。きっとこのとき、心の中では自分に負けを宣した審判委員や、ザブトンを投げて負けたことを喜んだファンが敵に思えたに違いない。

その夜、名古屋市の繁華街、栄でマイクを握り、カラオケに興じる朝青龍の姿が目撃されている。当時、朝青龍は河島英五の歌に凝っていた。なかなか世間と同化できない男の辛さ、苦しさを『時代遅れ』や『酒と泪と男と女』を歌いながら紛らわしていたのかもしれない。

そういえば、朝青龍はそのときの心情を託した歌をよくカラオケで歌っている。平成22年初場所後、暴行疑惑で心ならずも引退に追い込まれた。大相撲界を揺るがす大事件となったが、それからおよそ半月後、朝青龍の個人マネージャーは引退後の朝青龍がカラオケでゆずの『栄光の架け橋』をしきりに歌っていることを明かし、

「なんか涙が出てきます」

とブログに書いている。後悔、先に立たず。歌いながらもう自分の栄光の日々が永遠に過ぎ去ったしまったことを痛感していたのだろうか。

ただ、栄でのカラオケ効果はすごかった。一夜明けると、前日の嫌な流れを断ち切り、再ダッシュ。千秋楽、2敗で並走していた琴欧洲がプレッシャーに押し潰され、自滅したのを横目に悠々と逃げ切り。5連覇を達成し、

「今場所は苦しかった。暑かったし、長かったよ。でも、連覇できてよかった。さあ、次は6連覇だ。思い切りいきたいな」

と4日前にマイクを片手に半べそをかいていたのがウソのように高笑いした。

月刊『相撲』平成24年4月号掲載

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