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2023-08-22

【連載 泣き笑いどすこい劇場】第18回「リラックス法」その4

平成20年秋場所千秋楽、12勝目を挙げ、大関の足がかりを作った安馬(当時)を旭天鵬(現大島親方)が祝福

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負けまいとしている相手に勝つという作業は容易なことではありません。
横綱白鵬は「全身全霊」という言葉が好きでしたが、まさに持てる力の最後のひと絞りまで注ぎ込まないと白星をもぎとることはできません。
とは言え、15日間、同じように闘争心をかきたて、土俵に集中するというのも鉄人ワザです。
力士たちはどこでどんなふうに張り詰めた心を解き放ち、また前日にも勝る闘志を燃やすのでしょうか。
あのとき、あの力士がやったユニークなリラックス法を紹介しましょう。
※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。

プロ級の腕前

一芸に秀でる者は他芸に通ず、と言われるが、日馬富士の油絵はもう趣味の域を超えていると言っていい。なにしろ来日する前に通っていたのが美術専門の高校で、自分が描きためた作品を一同に集めた個展も開いたことがあるのだから。

入幕してようやく自分の時間が持てるようになった平成17(2005)年には薄雲がかかった富士山を描き、「孤高」と命名。これを見た師匠の伊勢ケ濱親方(元横綱旭富士、当時安治川親方)も、

「こっちでも十分、食っていけるよ」

と絶賛している。

この日馬富士(当時安馬)が関脇で初めての二ケタの10勝を挙げた次の平成20年秋場所は大事な大関取りの足固めの場所だった。相撲を取り終えた後も、これまでのように遊びに出掛ける余裕はとてもない。そこで日馬富士は出番を終えると部屋にまっすぐ戻り、自分の部屋に閉じこもって絵筆を握った。描いたのは故郷モンゴルにはない海の絵をはじめ、それこそ手当り次第。もっとも手近にある自分の右足を事細かにデッサンしたこともある。

「絵を描いていると、不思議なくらい気持ちが落ち着くんです」

と、日馬富士は話しているが、こうして余技の絵に没頭することで体力や集中力をたっぷり温存。これが「いざ勝負」というときに恐ろしいほど力を発揮した。終盤、豪栄道(現武隈親方)に手痛い黒星を喫し、惜しくも優勝戦線から脱落してしまったが、9日目にそれまで1勝13敗とまったく歯が立たなかった横綱朝青龍を破ったのをはじめ、魁皇(現浅香山親方)、千代大海(現九重親方)、琴光喜、琴欧洲(現鳴戸親方)と4大関をすべて食って自己最多の12勝を挙げ、見事、翌場所の大関取りにつなげたのだ。“芸は身を助く”とはこのことだった。

月刊『相撲』平成24年4月号掲載

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