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2023-08-11

【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第11回「ゼロ」その3

平成27年初場所千秋楽、勝った方が敢闘賞獲得の一番で、照ノ富士が玉鷲を寄り切る

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ものの始めは1ですね。1から出直す。いいじゃ、ありませんか。
でも、その1より下がゼロ。ゼロからスタートを切る。
いかにもまっさらなところからものごとを始めるという気迫が感じられるじゃありませんか。
それはともかく、大相撲界にもゼロに関連するエピソードが幾つも転がっています。
今回は、そのゼロにまつわるエピソードを集めました。
※月刊『相撲』平成31年4月号から連載中の「大相撲が大好きになる 話の玉手箱」を一部編集。毎週金曜日に公開します。

ゼロは避けたい

幕内で、優勝とは別に、力士たちの大きな励みになっているのが200万円もの賞金がつく殊勲、敢闘、技能の三賞だ。選考に当たるのは、審判部の親方や好角家、担当記者の中から選ばれた選考委員らだが、いつもスンナリ決まるとは限らない。なかなか候補者を絞りきれず、難航することも再々だ。
 
平成27(2015)年初場所もそうだった。この場所は、全勝優勝した白鵬をはじめ、横綱、大関陣がすこぶる安定していたため、三役、平幕上位に、これといった好成績をあげた力士が見当たらず、まれにみる候補者難。採決の結果、殊勲賞や技能賞は、1人も該当者がなく、唯一、敢闘賞に、14日目を終えて9日目から6連勝してなんとか7勝7敗の五分に持ち込んだ東前頭筆頭の宝富士が、千秋楽、勝って勝ち越したら、という条件付きでの受賞が決まった。
 
やれやれだ。ところが、司会者が、

「もし宝富士が負けて負け越したら、史上初めて三賞の受賞者がゼロということになります」
 
と補足説明すると、委員会の空気が一転した。とりわけ、あわてたのは伊勢ケ濱審判部長(元横綱旭富士)だった。

「ちょっと待って。(昭和22=1947年秋場所の発足からずっと続きてきた賞の)受賞者がゼロというのはまずい。これでは選考が厳し過ぎるという批判を浴びかねない。本当に候補者がいないか、もう一度、考えよう」
 
と言い出したのだ。こうして異例の再選考の結果、同じ敢闘賞候補に、この場所、東前頭2枚目で7勝7敗だった照ノ富士と、東9枚目ですでに二ケタの10勝を挙げていた玉鷲との勝者も加えることが過半数ギリギリの賛成で決まった。
 
結果的に、この受賞者追加は大正解だった。宝富士が佐田の海に寄り切られて負け越してしまったのだ。ただ1人、三賞を受賞したのは玉鷲の押しをよくこらえ、左上手を取って寄り切った照ノ富士。ご存知のとおり、照ノ富士は、再審議の口火を切った伊勢ケ濱審判部長の愛弟子だ。取組後、受賞に至った経緯を聞いた照ノ富士はこう言って相好を崩した。

「親方、大好きです」

月刊『相撲』令和2年2月号掲載

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