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2024-08-22

青木真也という怖さ、真実と向き合えている上野勇希の手応え【週刊プロレス】

第82代KO-D無差別級王者の上野勇希

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かつて上野勇希は総合格闘技の試合に臨む青木真也の姿勢に心を揺り動かされ、自身がプロレスを続ける上で絶大なる影響を受けてきた。そんな相手をKO-D無差別級王者として挑戦者に指名。包み隠さず「怖い」と言い切ることで、ぶれない自分という手応えを得た上で、8・25後楽園ホールへと向かう。(聞き手・鈴木健.txt)


青木さんの言葉は

正しいけれど合っていない


――最初に、両国国技館のMAO戦はどのようなものとして残ったかを、お聞かせください。

上野 あの日、まず緊張しなかったです。もしかするとそこが僕とMAOちゃんとの唯一の違いだったのかもしれないけど、試合に関してはそれまで闘っていた通り衝撃的なことばかりくるし、MAOという世界を両国のメインだろうとなんだろうと存在させてくるところもMAOのすごさを感じ続ける時間でした。僕はあの日から入場曲とコスチュームを変えて、第2章の始まりになったかどうかはともかく、すごく満たされました。夢にあふれ返させる気持ちでいったけど、それ以上に自分が満たされることができた。それは防衛できたことも青木さんが出てきてくれたのも全部含めてですね。

――メインの前に髙木三四郎vs男色ディーノ戦やクリス・ブルックスvsエル・デスペラード戦がとてもエモーショナルな内容になっただけに、そのあとを受けて最後を締めるプレッシャーが大きかったのではと思ったんです。

上野 全然なかったですね。それはほかの試合と比べて何かをしようというものではなかったのが大きかったと思うんです。前の試合より感動させようとかいい試合をしようとか、そこにあまり意味はない。むしろ、試合を終えて帰ってきた髙木さんが嬉しそうで、それでむしろ元気をもらったし、ウォーミングアップしながら場内を見にいくとすごい盛り上がっていて、その空気でプレッシャーどころかちょっと小躍りしちゃうぐらいにウキウキでした。

――今までも自分の前が盛り上がってプレッシャーを感じることはなかったんですか。

上野 そうですね。前の試合の盛り上がりと僕がどうかはつながらないのが一番です。自分が積み上げてきたものを100%出して、対戦相手にも100%出してもらうことができればそれ以上のものはないわけですから。

――わかりました。さて、かねてから青木選手の名前を出してきた中で、MAO戦に対し自分の中で何か課していたものがクリアできたから、あのタイミングで指名したのでしょうか。

上野 もともと、防衛することができたら青木さんとタイトルマッチをやりたいと思っていたんですけど、MAOという挑戦者の先に進める保証はまったくないし、寝る前にふと青木真也と試合がしたいとよぎってもMAOの先を見ちゃうと自分のキャパシティを超えてしまって崩れていくんで、下心が若干よぎるぐらいにとどめておいて、それでMAOに勝つことができたから自分がやりたいものに進んだ感じです。

――観客の前で指名したのは、あの場で言えば青木選手がNOと言わないだろうという計算はありましたか。

上野 いや、どうなのかなと思っていました、何も制御できない、想像に収まらないのが青木真也じゃないですか。リング上で青木さんを呼んだはいいけど本当いるかどうかもわからなかったから、いなかったどうしようとか。

――会場にいるという情報は入手していたんですよね。

上野 応援に来てくれるのは聞いていたんです。なのに来なかったのかな、もう帰っちゃったのかなと青木真也ならわからんぞというのは思いました。でも、だから言ってみたかった。どうなるかわからないからやってみたかった。

――呼びかけた結果、いない可能性も十分あったと。

上野 いなかったらいなかったで伝えた結果、いなかったということが重要になってくるだろうし、これが青木真也という人と面と向かうことだなとずっと思っていました。

――結果的にはYESという答えが得られました。

上野 そこはきちんとした大人の余裕を感じたのと、驚いたのはこのDDTと上野勇希というものが桜庭(和志)戦以来やりたい場所と人だと言ってくれたことで、その試合を見ているわけではないけど青木さんの中ですごく大きな出来事だと知って、自分がこのベルトを持ってやってきたことが間違っていなかったんだって涙が出てきそうになって、自分でもちょっと驚いたんです。(タイトル戦が)決まった嬉しさより、自分の中にあった自分でもわからないもの、たぶん僕がもっと取り出していかなければいけないものが、いきなり青木真也が出てきたことで引っ張り出された驚きがあって、そういう驚きを感じられた嬉しさがありました。あの場で決めようと思って口に出して、よし決まった!という以上のものになりましたね。

――ただ、そのあとのバックステージコメントから現在までの中で青木選手は棘のある言葉に終始しています。

上野 潰すもそうだし、上野は闘っていない、強さがなくて上手いだけといった全部の言葉に対し僕は信頼があるし、青木真也から見たらそうなんだろうなという思いです。でも僕は、青木さんの言葉で心動いてきた人間だし、青木真也のようなレスラーになりたいと思っているのが自分なわけで、それは別に青木真也になりたいわけじゃなくレスラーとしての方程式が自分に必要なものだと思っているだけで。だから青木さんの言葉は正しいけれど何も合っていない。

――正しいけれども合っていない。

上野 まず、闘い続けてきているから僕は今もチャンピオンなわけだし、その上で僕がやり続けてきたのはDDTの心を見せるということ。闘いによって勝敗がついたり、相手よりも技術があって力があって、運動能力があって言葉が強くてというところで闘う以上のものをDDTプロレスでは見せないといけない。それがここでの闘いだし、強さだしKO-D無差別級王者の僕が言う“おもろいプロレス”をするということであって。もちろん青木さんの言う闘い、強さというものに対し僕の立ち位置が違うのは、青木さんの言葉から逃げていいということではない。そこも含めて闘い続けているというものがあるから認められるし、でも全然違うよって否定することでもないと思います。

――言葉でも上回ろうとはしないんですか。

上野 いや、僕が見続けてきた通りの青木真也を目の前にして、上野勇希をぶらさずに、ごまかさずに存在させられるかがすごく大きなテーマで。要は、上野勇希として青木真也と向かい合って嘘をつきたくない、ごまかしたくない。いろいろなものが真実たり得ますから、青木真也の前でちゃんと上野勇希でいられるかどうかを考えます。青木さんのことを信頼しているし、リスペクトしているからこそそれに引っ張られるだけじゃチャンピオンじゃない。引っ張られないだけのものを僕は積み重ねてきているし、その自信を強く持っているから、青木さんの言葉で揺らぐことはないですね。

――思い入れを持っている相手であり、なおかつ青木真也という人間の前に立つのって、怖いですよね。その両方の感情があると思われます。

上野 まず、青木真也の目の前に立つということは、全部跳ね返ってくる。自分の言った言葉も、青木さんはごまかさない人だから全部青木真也の真実として帰ってくるし、そこには引っ張られちゃいそうになるパワーがある。自分というものをぶらしてしまいそうになるぐらいの力があるんですよ。その怖さもやっぱりあります。でもそれを言ったら、今までの挑戦者はみんな怖かったし、自分の存在をこの対戦相手とやる中で見せつけ続けられるのかと自分のためにやっていたら、僕は耐えられないぐらいずっと怖かった。DDTで存在感を作り上げてきた人たちと僕は闘ってきて、その怖さも僕は受け止めてきているから今も思い入れやリスペクトを持っているし、自分が自分たり得ているのは青木真也のおかげだから、いろいろなものが排除された自分が見える怖さもあるし、物理的にも怖い。

 

リスクがなければ自分の中に

あるものは絶対に出てこない

 

――今回に関してはけっこうなリスクを負っていますよね。同じ世界線でやってきた相手であればある程度こういう感じだと予測できるでしょうけど、青木選手はまったく違うところからきて、DDTの中では“異物”としてい続けることで存在価値を体現している。異物と交わるリスクは、計り知れないじゃないですか。今までの防衛戦で重ねてきたのが、一試合で瓦解する可能性もあるわけです。

上野 リスクがなければ見てもらう価値がないし、何も生まれないし、自分の中にあるものって絶対出てこないと思っていて、ずっとDDTってこんなにおもろい、すごいものが詰まっているものなのに、液体にたとえたらそれが何層にも分かれていて、本当はそれがごちゃ混ぜになっているのがDDTなのに、ある時から上澄みに強さがあって面白さとかが何層にも分かれている感覚があった。僕はそれを振って子どものようにグチャグチャにしたいし、できてきた。僕が今持っている力で振り回したんです。自分自身が満たされるためのことともう一つ、チャンピオンとしてやらないといけないのはこの入れ物を大きくしたり、その中にもっとおもろさの層を詰めたりしないといけない。その膨らませる力が今の僕にあるかというと、満たされたことによってないなと思ったから、青木真也というリスクと闘うことで乗り越えて、自分が振り回したDDTに上野勇希の何かをもっとつぎ込むことができる確信があるんです。その中で怖さも、ベルトも、DDT自体もそうだし、上野と青木という関係も、もう全部ぶっ飛ぶかもしれない。でもそれぐらいのものを常に持たないと、上野ってDDTのチャンピオンだよね、両国のメインを2回やってなんていうのは過ぎ去っていくものだし、どうやったら面白くなるかは本当に単純で、上野勇希というものがもっと膨らんでいかないといけないんです。

――物理的な怖さで言うと、青木選手の練習を拝見させていただいたんですが、試合の時より至近距離で見ると、とにかくあの目で見られたら体が動かなくなるのではと思うほどでした。あの目と1対1で向き合うんですよね。

上野 (7・26)新宿大会で感じたあの目…いやあ、青木さんが彰人さんに勝って『バカサバイバー』が流れる中、何かメチャクチャ言ってくるんですけど、距離があったからそれが全然聞き取れなくて。でも何か言われているからいくかと思っていったら「おまえがリングに上がってきたら殺せるぞ」と言われた。その時は僕だって「いやいや、ナメんなよ」って思いました。でも、エプロンに上がって試合を終えたばかりで全開の青木真也を目の前にしたら、ベルトを持って青木真也の上に立ったろかぐらいの気持ちだったのが「あ、怖い」――これは今入ったら…あの一瞬、僕の中にいろんな自分があったわけです。言われてむかつくからベルトで殴ってやろうかとか、入ってみたら実際にどうなるか試してやろうかとか、頭がグーッと回るんですけど、このままリングに入ったら、殺されるか手を抜かれるしかないなと。そう思った時に、入るという選択はできなかった。これはもう、完全に怖気づいたという文字が出てくるぐらい。

――自覚したんですね。

上野 逆に言えば、これは家に帰ってからだったんですけど、青木真也が言う「殺せるよ」という言葉だから、そこには真実しかない。それを怖いと思えて、しっかりと向き合えていることが自分はその“っぽいこと”を捨てられているなと感じたんです。

――怖いと思ったことに対しても正直にいられた。それは手応えとも言えます。

上野 自分をちゃんと見られているなって。それに抗うのも正解だし、あのまま襲いかかるのもあるんだろうけど、僕の素直な気持ちは無策で、こんな心持ちで上がった人間が青木真也を無視することはやっぱりできなかったし、しなかったことで進められてきているなと怖気つきながらも思いました。

――怖気づいた相手に向かっていかなければらないんですよ。

上野 青木真也が恐ろしいことなんて本当にわかっていて、でも僕は殺されたくもないし負けたくもないし、勝つためにやるし超えていくためにこのベルトを懸けてやる。それぐらい大きなものだから、青木真也は。自分が情けないと思うのもあったり、自分のことを勝手に誇れるような気持ちもあったり、全部を含めてこのタイトルマッチが楽しみだし、怖い。二つの対照的な感情が交互に出てくるのが上野だなって思えるし。

――怖いと思う人間にそれでも向かっていくことで自分自身も知らない自分を出したい願望があるんですね。

上野 異物って言いましたけど、それを言ったらDDTだけじゃなく全世界において異物なわけですよ。その世界に馴染むのではなく、独立した存在としている青木真也ですから。僕はそうならないといけないし、でもそうなるといって青木真也に倣ってなれるものじゃないから、常に怯えながらでも自分というものをしっかり持ちながら、影響されながらやっています。

――そうしたことがわかっていれば、触れることなく自分を護こともできるのに、自分から踏み込んでいくのが上野選手なんですね。

上野 自分の器がちっちゃいなら、それをぶち壊したり広げたりするのは自分の力であって、対戦相手との闘いだから、それを形として見てもらえるのがKO-D無差別級のタイトルマッチという今の自分のできることなんで。そこで向かっていかなかったら自分にはなんの価値もない。そのためにリングへ上がっているんですよ。

――昔から勇気のある子どもでしたか。

上野 全然! 逃げてばっかりで、何もかもそうでした。プロレスラーになりたいと思ったところから少し変わって、なった時にまた少し変わって、デビューはしたけど竹下に勝てないよって言ったらタケが怒ってまた少し変わって、KO-Dタッグを獲って少し変わって、クリスと出逢ってUNIVERSALを獲ってまた少し変わって、青木真也に変えられて、タケがアメリカにいくとなってDDTを背負って俺がDDTになるんだってなった時にもっと大きくなって…本当にちょっとずつ、ちっちゃいちっちゃいも何もない人間だったのが、プロレスと出逢うことで壊れたり広げられたり、楽しくも苦しくもあるものをずっと積み重ねてきて今の自分がいるんです。昔から完成されているものは僕の中に何もないから、常に自分を信じて進んでいった結果が今なので。満たされたものを見せ続けることでも満足してもらうことは可能なんだろうけど、僕はもっともっと大きくなりたいし、DDTを大きくしたいし、大きくなることでみんなに見てもらいたいから、自分自身が満たされているところで満足するわけにかない。

――普通は満たされることを目指すものですが、その先にいくと。

上野 今まではもともと面白いDDTを、こういう見方もあるよ、僕ならこうするというのを見せてきただけで、僕自身の力で何かが変わっているというものはない。でも、僕自身の力で変えるものが必要だし、そのためにはこのリスクと恐怖を越えて進んだ結果、もしかしたらそこに何もないというものがあるのかもしれないし、また苦しんでいくことは間違いないんですけど、それでも僕はプロレスラーでDDTのチャンピオンだから“怖いもの”である青木真也の存在の前に立たないといけないんです。
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