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2024-09-06

あの日から2年2ヵ月――遠藤哲哉が閉じたフタを開けて向き合う青木真也戦と、中嶋勝彦【週刊プロレス】

2022年6月12日、中嶋勝彦(当時、プロレスリング・ノア)の張り手を食らった遠藤哲哉が昏倒したままTKO負けを喫した一戦は、さまざまな論議を呼んだ。遠藤自身は復帰後、それに関して語ることなく活動を続けてきたが、上野勇希のKO-D無差別級王座へ挑戦する青木真也がその動機として触れられてこなかったこの件を言葉にする。その青木が新王者となった直後、ついに遠藤は動き、中嶋勝彦の名を口にした。9・8名古屋国際会議場でおこなわれる青木とのタイトル戦を前にこの2年2ヵ月間、表へ出さずに来た葛藤と内なる闘いを明かした。(聞き手・鈴木健.txt)


好きなプロレスによって心の傷を

負ってしまったことで引退も考えた

 
――8・25後楽園大会における青木真也選手とのやりとりのあと、Xを見ていたら「遠藤選手にとって止まっていた時計の針が動き出した」とポストしている方がいたんです。

遠藤 ああ、止まっていた針が動き出したっていう表現は本当に的確だなと思います。中嶋勝彦選手にリベンジしなければいけないっていう気持ちがあったにもかかわらず、なんていうんですか…ほかのことで、その事実を隠していたところがあったんで。飯野とタッグのベルトを獲ったのも、もっと言うと優勝はできなかったもののD王に出た時も(準優勝)、それによって自分を強く見せようとしていた節がありました。

――別の実績をあげることで自身の価値を戻そうと。そもそも、意図的に中嶋選手に関することを避けていたところはあったのでしょうか。

遠藤 はい、目を背けさせようとしていたとは思います。リベンジを考えつつも、そうやってDDTの中で実績を残して、自分の意識の中でも遠ざけようとしていました。

――ただ、リベンジしたいという思いは当初からあったんですよね。欠場に入ってKO-D無差別級王座を返上し、そのあと復帰してすぐ動くとは自分の中でならなかったんですか。

遠藤 ……今だから言えますけど、やっぱり恐怖心がありましたから。うん、今でもそれは正直、残っています。でも、そこで何が一番怖いかって考えた時、今の状況のままキャリアを重ねてリベンジの機会がなく、プロレスラー・遠藤哲哉が終わってしまう。それを考えたらどうしようもなく怖くなった。だから後楽園で上野と青木選手のどっちが勝とうとも、ここで動かなければ自分はもう変わるチャンスが来ないんじゃないかなと思って、それで動きました。

――中嶋選手の張り手を食らって戦闘不能状態となり敗れた日から動くまで、2年2ヵ月の時間を費やしました。

遠藤 それは、いろいろなタイミングが重なった結果だと思います。心境の変化が大きかったのはあるんですけど、一番は青木選手が中嶋勝彦選手の名前を出したのが大きかった。

――戦前のインタビューで口にしていました。あれを見たんですね。

遠藤 見ました。僕の名前を出して「遠藤は死んだ。フタをしてしまった」って…やっぱりあの言葉は強く自分の心に響いた。その言葉を否定するには、今動かなければいけないとなりました。あの言葉がなかったら、もしかすると今も動けずに、先送りにしていたかもしれない。それほど言葉として強かったんです。今までも僕に対し何かを言う人はいたけど、心へズン!と来るほど響くものはなかった。

――あの日から、同じような言葉はSNSなどでたくさん出回りましたけど、言った人間によって刺さり方がまったく違ったと。

遠藤 そこまでのことを言える人間ってそうはいないものなんでしょうけど、そこにはDDTのベルトに挑戦する人間としての言葉の力もあったし、あとは後楽園でも言いましたけど青木選手も僕と似たような経験をされていると思うんです。長島(☆自演乙☆雄一郎)選手との試合もそうじゃないですか。

――それまで積み重ねてきたものが瓦解するほどの敗北ですね。

遠藤 そこから立ち直った人間の言葉ですから、それは強いですよ。

――それをして遠藤選手は、青木選手が「手を差し伸べてくれた」と受け取りました。

遠藤 僕の中では本当にそうです。もちろんムカツいたっていう感情もありますけど、ほとんど人たちが名前を出さないで寄り添ってくれたのに対して、青木選手は中嶋選手の名前を出して僕を崖から突き落とした上で、谷底にいる自分に手を伸ばてくれている。だから僕は今度のタイトルマッチで崖を登って、その手を握りたい。

――そこなんですよ。青木選手の立ち位置を思えば他人事として触れなくてもいいにもかかわらず、誰もやらなかったことをやってまでして時計の針を動かした。青木選手との深い関係性は…。

遠藤 いや、特別に仲がいいわけでもないんですよ。だから「遠藤は死んだ」なんて言われたらそれはムカツきました。でも…やっぱり、素直にありがたいっていう感情も湧き出てきたんで。

――そうやって導いてくれた人に勝たなければならないというのもなかなかのシチュエーションです。

遠藤 そうですよね。でもリングに上がってしまえばこの人を倒したい、超えたいという感情で動けるので。

――先ほど言われた恐怖心とは、プロレスはああいうことが起こり得ることに対するものですか、それとも中嶋勝彦そのものに対する怖さのことですか。

遠藤 ……(長考)今、言われた二つのどちらかだとするなら、中嶋勝彦選手に対するものになるんでしょうね。対抗戦という大舞台、しかもあそこまで意識が飛んだ経験自体がそれまでなかったので、恐怖心のもとが何から来ているのかを絞るのは正直、自分でも難しい。難しいですけど…僕自身は、あの負けもアクシデントではなく、自分が中嶋選手の張り手に対応できなかったという事実のみになります。そう受け取っているから、あの張り手に対し恨みのような感情はない。そこは単純に、負けたことに対しての悔しさだけです。ましてやDDTのチャンピオンだったわけで、DDTで強さとイコールの人間が負けたことに対し、自分でケジメをつけなければいけない。

――秋山準選手のように、あの張り手をヨシとしない見方もあります。

遠藤 でも、どうにかするのがプロレスラーですから。試合で張り手を食らうことなんてそれまで何度もあったわけですし、あの件のあとも食らっているけど同じようにはなっていない。相手の攻撃を受け入れられるかどうかは、自分の技量次第。にもかかわらず、僕はDDTのチャンピオンとしてあの場面でどうにかできなかった。これまでもいろんな強いと思える相手とやってきましたけど、ああいった結果につながったことで、中嶋勝彦という選手は今までのどの相手とも違う恐怖心を抱かせる相手になってしまったんです。やる前から(プロレスリング・ノアとの)対抗戦ということでピリついた空気ではあったんですけど…(言葉が続かず)。

――あのような結果になってしまったことで、DDTのチャンピオンとしての責任がのしかかってきたんですね。

遠藤 そうですね、はい。

――仮にあの時点でチャンピオンでなければ背負わなくてよかった責任です。

遠藤 うーん、でもチャンピオンじゃなかったとしても対抗戦であることを考えたら、DDTそのものは背負っていたわけですから。そこでベルトを持っていなかったとしても、あの結果になったら同じ思いになったと思います。

――具体的に、直後はどのようなメンタルになったんですか。

遠藤 正直、引退も考えました。

――……。

遠藤 もう本当に、心折れたので。このまま引退して…言ってしまえば、逃げですよね。逃げれば、今のこの精神状態から解放されるんだ。あの一試合の出来事にしてしまおうと思ったんです。その時は、本当にプロレスが嫌いになりました。いや、プロレスっていうか自分自身も含めて嫌いになりましたね。

――あれはあれと、自分の中で済まそうと思えば済ます方向にも持っていけたと思うんですが、そこまで自分を追い込んでしまったんですね。

遠藤 そこは責任もありましたけど、それ以上にすごく好きだったプロレスによって心の傷を負うことになってしまったことで、プロレスを信じられなくなったんだと思います。

――プロレスを信じられなくなった。

遠藤 はい。プロレスも、自分自身も。


みんなが寄り添ってくれるからこそ

自分からは触れられなかった


――そこまでいきながら踏みとどまることができたのは、何によって支えられたんでしょうか。

遠藤 それはもう本当に、ファンの方の声だったり自分の両親の存在でした。具体的にそこで何かを言われたわけではなかったんですけど、自分がプロレスラーになるって言い出して東京に出る時、言葉にしたら「頑張れよ」ぐらいしか言われなかったんですけど、その言葉を思い出したんです。そこに託された親の思いがあるのに、自分の意思だけでプロレスをやめるなんてできないだろと。ファンの方からもSNSを通じて応援の言葉をいただいて、こういう存在があるからプロレスラー・遠藤哲哉がやれているんだ。なのにやめるっていうのは、一番の裏切りじゃないかって思ったんです。

――そこで気づけて、本当によかった。

遠藤 はい。気づかなかったら今、やっていないですね。

――現状から逃げ出したいとまで思ってしまうほどのシンドさも、リング上の姿を見る限り他者にはわからないものです。今回、語っていただいたことで伝わりました。

遠藤 今でもそのシンドさは続いています。ほかの実績で埋めようとしたって言いましたけど、やってみたらタッグのベルトを獲ってもそのシンドさは埋められなかった。もちろん、飯野と一緒に獲れたのは嬉しかったしやっていて楽しかったけど、それによってあのことで負った負のメンタルが解消されたわけではなかった。もう、一つしかないんですよ、その方法は。中嶋勝彦選手と試合をして、その先に待っているもので埋めるしか。でも、それもあくまで“埋める”であって、なかったことにはならない。あの記憶は僕とそのファンの方の中に残り続ける。だけど、リベンジすれば少しでも払拭することができるんじゃないかって。

――今回、青木選手が口にするまではその話題を出すこと自体がタブーのような空気になっていました。それは遠藤選手自身も感じましたか。

遠藤 みんな、僕に寄り添ってくれているんだなって感じていました。だから気を遣ってもらっている手前、自分の方から触れるのも申し訳ないなという思いもあって。そこで自分から切り出すぐらいの強さがあればよかったんでしょうけど…うーん、触れられなかったッスね。そのまま今までズルズルと引きずってきてしまった感じです。

――逆に考えると、それを2年以上声高に言わなかったのもシンドかったでしょう。

遠藤 そうでしたね。それをこのタイミングで口にしたんですから、中嶋勝彦戦を実現させる前提で動いたということです。今の向こうの状況を考えるとハードルはあると思いますけど、同じ日本のプロレスのリングなんで僕は不可能ではないと思っているしこの前、DDTとGLEATで交流戦もやっているので。青木選手に勝つこととベルトを獲ることの両方が次につながると思っています。

――青木選手もGLEATのリングで中嶋戦を要求しています。対戦相手としても、言うまでもなく青木真也は一筋縄ではいきません。

遠藤 青木選手が中嶋選手とやりたいっていうのは「俺だったらフタをしない」が動機なんですよね。それに対し僕は、遠藤哲哉が中嶋勝彦とやるから意味があると思っているので、それなら直接闘って勝ち獲るしかない。この前のタイトルマッチも、上野が防衛を重ねてきてチャンピオンとしてのものを確立してきたところでしたから、あそこは青木選手が勝つということが一番のサプライズだったと思うんです。僕は上野が勝って、DDTらしいハッピーエンドで終わると予想していた。上野がチャンピオンになってそういう風景に見慣れている中で、サプライズを起こしたのが青木真也だった。その意味でも普通に終わらせない人。

――過去に1度シングルで対戦していますが、この時は敗れています(2018年12月15日、名古屋市中スポーツセター、D王GP公式戦。青木がフロント・ネックロックでレフェリーストップ→TKO勝ち)。

遠藤 当時はまだプロレスを始めたばかりで今ほど適応していなかった印象が残っています。だからといって油断していたわけじゃなく、相手を探りつつ試合していながら自分の隙が生まれた一瞬に決められて、気づいたら負けていたっていう記憶です。今の青木選手を見ると、かなりプロレスに適応してきている。上野との試合でも外飛び(トペ・スイシーダ)もやりましたし。それを踏まえて、青木選手に合わせすぎなければ勝てるイメージはあります。

――上野選手は戦前、包み隠すことなく青木選手に対する怖さを口にしていました。

遠藤 もちろん、それは僕もありますよ。前回、隙が生まれた瞬間に決められたって言いましたよね。それは集中力が途切れた隙間に極めてくることだと受け取られると思うんですけど、実際にはプロレスラーって集中が途切れる瞬間ってないんですよ。

――確かに気を抜くことさえしなければ、集中は持続していることになります。

遠藤 青木選手は、その途切れる瞬間がないにもかかわらず隙を作り出して極められる。そこが怖さなんです。だから前回の負けは「気づいたら」という印象しか残っていない。

――怖さという点においては中嶋選手と向き合うことでそれを経験したので、質こそ違えど青木選手に対する怖さに向き合えますよね。

遠藤 はい。その点においては、自分にとって本当に勝負の一戦であの時の経験が生かされることになると思います。このテーマを乗り越えなければ、先に進めない…後楽園で、飯伏さんに「プロレス好きですか?」って問いかけたじゃないですか。ちょっと沈黙があって「好きだよ」って言ってくれたけど、飯伏さんは60%だと。自分もたぶん、今それぐらいなんですよ。飯伏さんは楽しさが足りないっておっしゃっていましたけど、自分は中嶋勝彦選手を倒して100%に届くんだなと。

――100楽しめない状態で2年間、プロレスと向き合っていたんですね。自分が好きだと思ってずっと続けてきたものを、100楽しめないっていうのは…。

遠藤 でも、それも自分が招いたことですから。100%プロレスが楽しいって言えるようになるための青木戦であり、中嶋選手へのリベンジなんです。

――もう一度、中嶋選手の前に立つ踏ん切り…覚悟はできているんですね。

遠藤 できています。中嶋勝彦という名前を出したのであれば。
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