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2024-11-15

【アイスホッケー】五輪最終予選、日本0勝3敗。 ①石田陸(イタリア・HCメラーノ)

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HCメラーノでプレーする、中島照人(左)と石田。東洋大学のキャプテンを1年違いで務めた間柄だ(写真提供・石田陸)

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「スピード自体は日本人のほうがある。
でも、プレーの頭の良さが違うんです」

 11月上旬に行われたアジア・チャンピオンシップ。20歳台のメンバーで臨んだ日本代表は、最終戦ではカザフスタンに1-5で敗れたものの、韓国と中国に勝って2位で大会を終えた。

 チームのキャプテンは、石田陸。東洋大学を出て2年目のDFで、年上の選手もいる中で今回の抜擢は異例ともいえた。個人的にはゴールこそ「0」だったものの、アシストは「3」。大会のベストDFも受賞している。

 石田が今季からプレーするHCメラーノは、アルプスリーグ(オーストリア・イタリア・スロベニアの国際リーグ)の13のクラブのうち、11月14日現在で12位。今季、レッドイーグルス北海道より加入したFW中島照人(※中島はシーズン序盤で肩を負傷し、11月中旬に復帰)と、これから調子を上げてくるはずだ。

 9月の五輪最終予選が終わり、石田はその足でイタリアのメラーノに赴いた。同じ部屋に住むのは、FWのスケート・スカルディ。日本代表とHCメラーノのヘッドコーチ、ジャロッド・スカルディの息子だ。「大きい街ではないですが、住みやすいところですよ」。石田の初めての海外生活。まずは順調に進んでいるようだ。

「アルプスリーグはバスで移動して、そのまま試合なんです。こないだの遠征は、4時間半でしたかね。ちょうど釧路から苫小牧あたりの時間ですが、やっぱり公式戦だと、ちょっと違うんです」

「スピード自体は、日本人のほうがある。でも、プレーの頭の良さは、こっちの方が上回っています」

 序盤戦を戦ってみて、石田の心に変化が生まれている。

「アルプスリーグはいいリーグですし、メラーノの人もあたたかい。でも、いつまでもここにいたらダメなんじゃないかなって。来季は、仮に違う国のリーグに行けなかったとしても、アルプスリーグの違うチームに行くことを考えています」

 イタリアに住んで、まだ2カ月。だが、石田は安住の地を求めていない。今の自分の力を伸ばしてくれるチームはどこなのか。そこを常に考えることが「海外でプレーする」意味なのだろう。

7月、苫小牧合宿中の石田とFW佐藤優(右、ディナモ・アルタイ)。2人は子どものころから仲がよく、この夏は一緒に練習していた
7月、苫小牧合宿中の石田とFW佐藤優(右、ディナモ・アルタイ)。2人は子どものころから仲がよく、この夏は一緒に練習していた
 

「デンマークに目の前で決められた。
これが世界との差なのかなと思いました」

 8月末から始まった、ミラノ・コルティナ五輪の最終予選。大会前、デンマークのクラブとのテストマッチをしたが、「あれがよかったと思います。改善点が見えてきたから」と石田は言う。

 テストマッチは、第1戦が3-4の延長負け。第2戦は、立ち上がりから6連続失点しての3-8だった。特に2戦目は、本番の試合は大丈夫なのかと、周りの人も不安に思った内容だった。

 日本代表は「対外試合」の経験が、今シーズンに入ってからはゼロだった。それぞれの所属チームがプレシーズンマッチを行ったのが、8月の中旬から。代表選手はちょうどデンマーク合宿の移動に重なっていて、対外試合をする機会がなかったのだ。

 テストマッチは2試合で終了。そのあと、日本代表は選手ミーティングを経て、五輪最終予選にのぞんだ。

 初戦はノルウェーに2-4で負け。先制点は日本だったが、そこからの4連続失点が痛かった。

 それでも石田には自信があった。

「自分としてもチームとしても、戦える、勝てることがわかりました。初戦は負けしましたが、外国相手の試合でも最後まで自信があった。体を張って泥くさく貪欲にやれば、次は必ず勝てると思いました」

 2戦目のデンマーク戦。2-2のまま、3ピリを終えた。世界ランキング11位のデンマークが24位の日本と、60分を戦い終えて同点だったのだ。

 日本とすれば大善戦だ。それでも星勘定から考えると痛手だった。延長になると勝ったチームの勝ち点は「2」、負けたチームは「1」になる。この日の第1試合ではノルウェーが勝っていたので、2試合トータルの勝ち点は「6」。日本は最終戦でイギリスから勝ったところで、最高で「5」にしかならない。つまりデンマーク戦が延長になった段階で、日本はオリンピックの可能性がゼロになったのだ。

 それでも石田は、この試合に勝つことで頭がいっぱいだった。

「マイナスのイメージはまったく考えなかったです。頭の片隅にも、負けるなんてことは1ミリもなかった。目の前の試合に勝つ。ただ、それだけでした」。勝ち点の話は、本当にこの日のインタビューで気がついたという。

 延長戦は、63分に決着がついた。デンマークはFWラース・イーラー(NHLワシントン)がスコア。カバーに入った石田とFW中島彰吾(レッドイーグルス北海道)が、縦に並んでGKの視界を遮ったスキをついて、ミドルシュートを決められたのだ。

 延長を戦い終えて両チームがあいさつするところで、石田は思わずベンチに上がってしまった。

「頭が上げられなかったです。その瞬間、何も考えられなかった。合宿で一緒に頑張ってきたメンバーだったり、応援してくれるちびっ子だったり、日本から見てくれている方への申し訳なさだったり…。もう何も見えないし、何も聞こえない。真っ暗な世界に、ぽつんと1人…そんな感じでした」

「大学4年のインカレ決勝、ユニバーシティゲームズの3位決定戦。僕はこれまで大事な試合で、いつもオーバータイムで負けているんです。延長に入ると、自分の中でネガティブな気持ちになってしまう。今回も、イーラー選手に目の前でシュートを決められた。これが世界との差なのかな、と思ったんです」

夏はオフと呼べる期間がなかった。「2月にハンガリーでやった3次予選を戦ってから、この最終予選のことを考えていた。オリンピックに出られることができたら、子どもたちにどれほど大きな影響を与えられるか。そのことを考えたら、足が自然と練習に向かっていました」
夏はオフと呼べる期間がなかった。「2月にハンガリーでやった3次予選を戦ってから、この最終予選のことを考えていた。オリンピックに出られることができたら、子どもたちにどれほど大きな影響を与えられるか。そのことを考えたら、足が自然と練習に向かっていました」

「僕らはアイスホッケーのプロだから、
1試合1試合、切り替えて臨むしかない」

 五輪の最終予選はまだ続いていた。デンマーク戦から休日をはさみ、9月1日に行われたイギリス戦。オリンピックには行けなくなった日本だが、それでも「ここで1勝して日本に帰ろう」と切り替えて臨んだ。イギリスは、世界選手権でぶつかる相手でもある。ここで負けるのか、勝って大会を締めくくるのかで意味が違ってくるからだ。

「僕らはアイスホッケーのプロフェッショナルです。1試合1試合、気持ちを切り替えて臨むしかない。目の前のワンプレー、ワンシフト。今までと変わらずに戦おうと思いました」

 試合の前日、キャプテンの中島彰から声をかけられた。「陸、明日の試合前の声がけ、頼むわ」。選手は試合前、IFのファンファーレが鳴ってから整列をするのだが、その直前に控え室で声を出して、気持ちをひとつにする儀式がある。最終戦は、石田がその役目をすることになったのだ。

「どんな言葉が一番いいのかなって。イギリス戦は最後の試合だし、それぞれが楽しんでプレーすればいいプレーができるのかな、と。リラックスしていこうという意味もありますしね」

 石田自身、いい薬だと思っていた。デンマーク戦では「延長に入ってネガティブになってしまった」と振り返ったが、直前までは「負けるなんてことは、頭の片隅に1ミリもなかった」と感じていたはずだ。ホッケープレーヤーとして大切なものを取り戻す、いい機会だと思った。

 石田が選手たちに「声がけ」したのは、正確にはこんな内容だった。

「この最後の試合に勝って、日本のアイスホッケーを変える1歩目にしましょう。そして何よりも、この仲間たちと戦う1戦、全力で楽しみましょう!」

 1ピリはイギリスが3連続得点。しかし、2ピリ以降、日本の「足」が出るようになった。22分にFW大津晃介(栃木日光アイスバックス)、36分に古橋真来(同)がスコア。3ピリにも2度、パワープレーがあった。それでもゴールは遠く、またしても2-3で日本は敗れた。

 イタリアのメラーノのアパートで、石田は振り返った。

「国内合宿は7月の1度きりで、期間は1週間でした。できれば合宿を増やしてほしい。そんな意見もあるでしょう。でも、課題はそこなんでしょうか。難しいな。それよりも若手の中で5人くらい海外のチームに派遣して…というほうが、効果があるかもしれません」

 日本は敗れてなお、得難い経験を積んだ。そう言うこともできる。

 それでも勝ったほうのチームは、それ以上の経験を体得している。科学的に証明できないこととはいえ、そんな考え方も、できるといえばできるだろう。

 海外で暮らす石田は、これからどのようにしてアイスホッケー人生を実りあるものとして生きていくのか。1度きりの「24歳の冬」が始まろうとしている。


石田陸 いしだ・りく
イタリア・HCメラーノ、DF。2000年4月27日生まれ、北海道釧路市出身。身長178センチ、体重90キロ、背番号「8」。2歳からアイスホッケーを始め、釧路鳥取小、釧路鳥取中、武修館高から東洋大学を経て東北フリーブレイズに入団。2023-2024シーズンのアジアリーグ、全日本選手権の新人王を受賞する。今季、アルプスリーグ(オーストリア・イタリア・スロベニアの国際リーグ)のメラーノへ移籍。11月14日現在、アルプスリーグで13試合、2ゴール10アシストを記録している。得意な料理の腕をふるい、イタリアでも独身生活を謳歌中。「うまいのはサラダですね。キャベツを千切りにして、ゆで卵を入れて、カニカマときゅうりを添える。ちなみに今日のランチは、海鮮丼とみそラーメンです」

山口真一

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