close

2025-03-24

長距離ランナーのコンディション管理に新風【前編】感覚や経験頼りからデータ重視へ。立教大の新しい取り組みがスタート

國安が着けているのがSOXAI RING 1

立教大の長距離ブロックで、データ活用の新プロジェクトがスタートした。2024年4月に就任した指揮官とスポーツウエルネス学部がタッグを組み、コンディション管理に新風を起こす。その取り組みを2回に分けてリポートする。

選手が橋渡し役を務め、プロジェクトが動き出す

それは監督のアイデアと選手の行動によって動き出した。

昨春から立教大の男子長距離ブロックを率いることになった髙林祐介駅伝監督の「デバイスを使い、体にかかわるデータを使いながらコンディショニングやトレーニングの管理をしていきたい」という言葉にマッキャーン将人(3年)が反応したことがプロジェクト始動のきっかけである。

「自分はスポーツウエルネス学部の小林哲郎准教授のゼミで、データを活用して選手のパフォーマンスを上げていくデータサイエンスを学んでいるのですが、それを実際のチームの現場に持ち込み、研究したいと思っていました。そんな時に髙林監督からそう言われ、“では、ゼミの先生を紹介します”と伝えたんです」

選手としても期待されていたマッキャーンだが、大学3年目に喘息を発症し、競技からの引退を決めていた。次なる役目として見いだしたのがデータサイエンティスト、アナリストとしての道。その役目でチームに貢献したいと考えていた矢先だった。

小林哲郎准教授は2023年に立教大に着任。データサイエンス的手法とAI(人工知能)技術の応用を通じて、スポーツと健康分野の課題解決を研究テーマとしている。過去にほかのスポーツでデータを収集、分析し、コンディショニングに役立てた経験も持つ。

マッキャーンから相談を受けたときから、データドリブンのコンディショニングと陸上競技の親和性は感じていたという。

「例えばバスケットボールやサッカーは接触や外的な力がかかってケガをするケースが多くあります。一方で陸上競技ではそうしたケースは少なく、故障や体調不良はトレーニングによる疲労など、自分たちで管理できる範囲から起こり得ることが多いため、科学的に分析しやすいと考えました」

三者三様の思いから動き出したプロジェクト。全員の意欲が同じ方向を向いていたこともあり、それはスムーズな船出だった。


データアナリストのマッキャーンは元中距離選手

睡眠中心にデータ収集、選手の意識と行動に変化

髙林監督の感じていた課題はまず選手の状態を確実に知ることだった。

「昨年の春は駒澤大のコーチから立教大の監督へと着任したばかりで、最初は選手のことは何も分からない状態でした。コンディションのことや体の特性は、選手自身の声や、短い時間しか指導していない私の主観でしか情報が得られないなか、客観的に見ていきたかったですし、確実にコンディションを高めたいと考えました」

それを受け、小林准教授が提案したのが立教大に来た当時から講義やゼミで活用していたデバイス、「SOXAI RING 1(ソクサイ リング ワン)」を使ってのコンディショニング管理。主な狙いは睡眠データの採取である。選手の睡眠時間やその深さ、入眠にかかるまでの時間、安静時の心拍数などがこれによって計測できる。



立教大スポーツウエルネス学部の小林准教授

またこのデバイスだけにとどまらず、選手が着用しているウェアラブルウォッチから1日の走行距離など、トレーニングに関するデータを集め、さらに別のフォームで選手の感覚による体調の報告、毎日の気象条件、故障の履歴なども収集することにした。

それらを同期し、一括管理して可視化し、監督や選手にフィードバックする仕組みをつくったのである。そこから月に1回はマッキャーンが選手ごとにレポートを作成し、ガイダンスも行い始めた。

「とはいえ、まだ始めたばかりで、データを収集している段階です。細かい分析や可視化、アクションまでつなげるのはこれからになります。ただコンディショニングを感覚や経験だけに頼るのではなく、データドリブンで進めていくことに対し、選手の意識は変わってきていて、普段の会話でも睡眠に関する話題が増えてきました」

スタートの手応えは上々だと髙林監督は話す。


データドリブンを推し進める髙林監督

選手からも好意的な声が上がっている。馬場賢人(3年)は「朝練習の状態が良くないときは、質が下がっていることが多いことが分かりました。睡眠時間は確保しているつもりでしたが、質が良くなければ疲労回復にはつながりません。その睡眠の質を改善するための取り組みやルーティンはまだ試行錯誤中です。夏場になって気温が上がってくると睡眠の質はさらに下がってくるので、それまでには自分なりの方法を見つけたいと思います」と前向きだ。

また國安広人(3年)もこれまで経験や勘に頼っていたコンディショニングの部分がデータに基づいた裏付けが得られたことで計画的に進められるようになったことを喜ぶ。

「自分はもともと入眠まで時間がかかるタイプでしたが、寝る前にスマホを見る時間を減らしたり、入浴の時間を変えたりすることで、短くすることができています。そうした行動をどんどん増やしていければと考えています」

指輪型の「SOXAI RING 1」はつけているだけでデータが取れるが、現時点ではほかにもアンケートフォームの入力など、それ以外のデバイスも使用しながら、体のデータを集めている。

そのため選手自身の入力作業が必要だが、多くの選手がそこを面倒がらずに行うようになったという。選手の意識と行動は確実に変わってきている。


3月23日の中大記録会の10000mで28分18秒71をマークし、立教大記録を更新した國安。睡眠面でデータを活用している

文/加藤康博 写真/桜井ひとし

PICK UP注目の記事

PICK UP注目の記事



RELATED関連する記事