2025年の東京世界選手権(世界陸上)に向かうアスリートたち。2021年の東京オリンピックから2つの世界選手権、そしてパリ・オリンピックと4大会連続で3000mSC日本代表として世界大会に出場した青木涼真(Honda)。東京世界選手権に向けて参加標準記録(8分15秒00)を突破しての出場と入賞を目標に掲げている。2022年から冬期にアメリカのバウワーマントラッククラブで練習を積むようになり、そこでトレーニングへ向かう姿勢に大きな変化があったという(前編
)。
一貫した強化に手応え2025年は勝負の年。オリンピック、世界選手権それぞれ2回出場と、すでに日本トップクラスの地位にいる青木涼真(Honda)だが、今年は特別な思いを持ってシーズンを迎える。
「ここ数年はトレーニングに一貫性を持つことを意識しながら取り組んでいてその3年目になります。そのなかで東京世界選手権は最大の目標としていた大会です。今年はニューイヤー駅伝から好調で、冬のトレーニングも順調なので、ここまではいい感触があります」
2022年から毎年1月のニューイヤー駅伝後はアメリカの名門、バウワーマントラッククラブ(以下、BTC)で強化している。例年、同クラブはこの時期にアメリカ・アリゾナ州フラッグスタッフで高地トレーニングを行っていたが、今季は東京世界選手権が9月に開催されるため、それが例年より1カ月ほど後ろ倒しになった。
そのため青木はそこには参加せず、標高の低いオレゴン州ユージーンで1カ月半でベースとなるトレーニングを積んできた。
「高地まで一緒に行くこともできましたが、4月12日の金栗記念(※取材日は3月下旬)もありましたし、練習の流れが中途半端になってしまうので、今回は短くしたんです。アメリカではロードでの泥臭い練習も多かったですが、自分としてはニューイヤー駅伝からの流れだったのでスムーズに取り組めました。BTCのメンバーの強さは、スピードだけでなく、こうした基礎に特化した練習の積み上げでつくられていて、ジョグやジムでのトレーニングも、それぞれの選手が自分のやるべきことに取り組んでいます。今回も新たな発見もあり、自分なりに収穫は多かったです」
1月のニューイヤー駅伝では5区区間賞、2月にボストンで走ったインドアの3000mも7分48秒37の自己ベストでまとめた。だが今季を語るうえで本人の言葉からにじむ自信は短期的な好調さだけが理由ではない。言葉にあった通り、BTCとHondaの2拠点での強化の手応えがそれを強固なものにしている。
「2021年の東京オリンピックで惨敗し(予選2組9着)、何かを変えなければならないと思い、その冬からBTCに行くようになりました。2022年に自己ベストを更新し、自分の方向性を見つけることができましたし、ブダペスト世界選手権に挑み、決勝にいけたことで取り組みに確信が持てました。理想を高くした結果、故障してしまい、パリでは結果が残せなかったですが、それらの過程すべてを“未来のための準備”と考え、前向きに受け止めています。目指す強化も継続できているので、自分が目指しているところに来ている実感があるんです」
東京世界選手権での目標は入賞だ。以前は「世界大会で10位以内」を目標にしていたが、それを上方修正したところにも、自信がうかがえる。
2月にアメリカ・ボストンで3000mの自己新をマークした青木。4月には金栗記念で3000mSCの今季初戦を走った
BTCで確立したスタイル青木はこの4年、BTCで何を求め、吸収してきたのか。
その問いには「一言で表すのは難しい」と本人は困惑した表情を見せるが、時間をかけて考えた結果、「答え合わせと次の材料探し」という言葉で表現してくれた。
「BTCには世界のトップランナーが多くいます。彼らと同じ強度の練習をするなかで、自分の1年間の取り組みの答え合わせをするのが目的のひとつです。同時に彼らがどこに向かっているかを読み解き、追いつくためにどうすべきかを持ち帰り、日本で強化を進めていく。そしてまた次に行ったときに確認するという流れでやっています」
トレーニングのメソッドも新たなものを学んだが、それ以上に刺激を受けたのが、BTCメンバーの「やるべきことをやる」というトレーニングへの向き合い方だ。
自分に足りない部分や強化すべき部分を見極め、それを毎日の練習で徹底、継続することが当たり前に行われていたことに、初めてBTCに加わった1年目に衝撃を受けた。
「それまでの自分は“時間になったから練習を終わらせる”といったことも多くあったので、カルチャーショックを受けました。今は自分でやるべきことを計画し、それにこだわるようになったので、長時間、ジムで一人でトレーニングをして、チームの食事に合流できないということも日常的にあります。日本に戻ってからもそのやり方は貫いていていますが、Hondaのスタッフも自分のやり方を理解してくれていて、そこは助かっています」
海外で得た教訓を、日本でも確固たる信念で実践している。
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あおき・りょうま◎1997年6月16日、埼玉県生まれ。鷲宮東中→春日部高(共に埼玉)→h法政大→Honda。実業団2年目の2021年に3000mSCで東京オリンピック出場。世界選手権は22年オレゴン、23年ブダペストと2大会連続で出場し、ブダペストでは決勝に進んだ(14位)。24年に日本選手権を初制覇し、パリ・オリンピックに出場。駅伝では、法大2年時に箱根5区区間賞、ニューイヤー駅伝では23年と25年に5区区間賞。