まったく頭を上げることなく食いつき、最後は左足を取っての渡し込みで豊昇龍をひっくり返して金星を挙げた安青錦。この先もどこまで暴れてくれるかは楽しみ
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安青錦(渡し込み)豊昇龍
最後まで、やはり顔は上げなかった。
そして、天井を向いてひっくり返ったのは横綱のほうだった。
安青錦が、デビューからわずか12場所目での初金星を挙げた。これは、小錦(のち大関)と現十両の友風の14場所を抜いて、年6場所制となってからは最速のスピード記録(付け出しデビューを除く)だ。
この日が初顔合わせの豊昇龍に、食いつき、強引な投げにくるところを、体を密着させ、最後は渡し込みで倒した。ある意味では、「もし勝つとすれば、こういう形だろうな」と思ったとおりの相撲だが、それが初挑戦で実現できるということはやはりすごい。
豊昇龍のほうからすれば、安青錦の持ち味を封じるためには、いかにその上体を起こせるかがすべてだったと言っていい。同じ高さで組み止めることができれば、体に勝る横綱のほうが有利だ。
もちろん横綱はそんなことは先刻承知だったであろう。立ち合いから突いて起こしに出て、まずは押し込み、先手を取った。ただ、先手は取れたが相手の上体を起こすには至らず。安青錦は、頭を下げて先に右下手をつかんだ。
豊昇龍もすぐに左で上手をつかみ、投げで振り回しに出た。
だが、低い体勢をつくった安青錦のうまさはここからだ。投げを食いながらも、下手を離さず、頭も上げず、右足を相手の両足の間に入れて、体の密着を崩さない。そして左足もしっかり送っていく。
そうするうちに、振り回す横綱のほうが、だんだん上体が立って苦しい形になってくる。最後は頭を押さえてきた横綱の左腰に食いつき、左足に手を掛けての渡し込みで決めた。
「体が勝手に動いただけです。起きなかったんで、よかったです」と安青錦。これで初日から横綱・大関全員と対戦して、2勝1敗だ。
先々場所の新入幕から2場所連続11勝、2場所連続の敢闘賞と、とどまるところを知らぬ勢いを見せる新鋭。あまりのキャリアの浅さに待ったがかかったのかどうかは分からないが、星勘定だけで言えば、今場所新小結でもおかしくなかった実力の持ち主だけに、この2勝1敗もそんなに驚く結果でもないし、この先も大暴れして、新入幕から3場所連続の三賞や、年6場所制以降は大の里と阿武咲(元小結)しかやっていない新入幕から3場所連続二ケタ勝利を達成する可能性も十分にある。
あすは、一つの目標としている力士でもある若隆景との「低空対決」が待つ。先場所はうまくあてがわれて肩透かしで敗れているだけに、どう対策を練ってくるか楽しみだ。
豊昇龍は連日の金星配給となり、これで2敗目。この日の取組では、パワーよりスピードが持ち味のこの横綱にとって、ちょっとやそっとの動きでは持ち味の前傾姿勢を崩してくれない安青錦はなかなかに難しい相手であることが見えた感じもあり、今後どういう対策を講じてくるかは注目されるが、もしかしたら苦手力士になってしまう可能性もあるといえよう。
今場所の星勘定という意味でも、これで黒星が先行し、大の里とは2差。この日から左足にテーピングが施されるようになったのも気がかりだ。
この日は豊昇龍のほか、大関琴櫻も髙安に敗れて黒星先行。連勝で来ていた関脇若隆景も阿炎の変化技で土がつき、この日も若元春を圧倒して3連勝と強さを見せた大の里と並ぶのは、三役では関脇霧島のみとなった。ほかに平幕では玉鷲、一山本、宇良、琴勝峰、御嶽海が3連勝としているが、優勝争いのほうは、誰かが早い時点で大の里を食うか、霧島がよほど踏ん張らないと、あっさりしたものになってしまう可能性も漂ってきた。
文=藤本泰祐