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2025-09-09

【連載 泣き笑いどすこい劇場】第33回「ハッパ」その3

白鵬の連勝を63で止める歴史的勝利を挙げ、勝ち名乗りを受ける稀勢の里

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壁にぶち当たったとき、踏ん切りがつかず悶々としているとき、そっと、あるいはまた思い切り背中を押し、尻を叩いてくれるハッパほど、ありがたいものはありません。
力士たちも順風満帆、自分の思うようにことが運ぶときだけではありません。
まさに山あり谷あり。
何をやってもうまくいかず、思い悩んでいるとき、周りから心温まる励ましの声をかけられて奮起し、思いも新たに歩き始めた経験を、誰もが持っているもの。
そんなドラマチックなハッパを紹介します。
※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。

乗り移った執念

多くの力士にとって、誰よりも自分のことを知っている、怖くてありがたい存在が師匠と言っていい。しかし、そんな師匠のハッパもすぐに効くとは限らない。この辺りが力士を育成し、指導する難しさだ。

白鵬が双葉山、千代の富士に次いで昭和以降3人目となる50連勝を達成したのは、平成22(2010)年秋場所3日目のことだった。この3日目の朝、先代鳴戸親方(元横綱隆の里)はこう言って弟子たちにハッパをかけている。

「いまの白鵬を倒してみろ。現代のヒーローとしてテレビや新聞、雑誌などに大々的に取り上げられて脚光を浴びる。でも、反対に負けたら、白鵬の大記録が語られるたびに引き立て役、貢献者として登場させられ、みっともないことになるぞ」

しかし、こんな先代鳴戸ならではの尻叩きもむなしく、この日、愛弟子の若の里(現西岩親方)が白鵬に寄り切られて50連勝に貢献。さらに、この4日後、稀勢の里(現二所ノ関親方)も“千代の富士超え”となる54連勝の餌食になってしまった。先代鳴戸が切歯扼腕したのは言うまでもない。

このハッパの効果が現れたのは翌九州場所の2日目だった。稀勢の里が白鵬を寄り切り、ついに連勝を「63」でストップさせたのだ。この大相撲史に残る白星の裏に、この日の明け方まで白鵬のビデオを繰り返し見て攻略法を研究し、

「いいか、報道陣から聞かれても、親方には何も言われていませんと言え」

と念押しした上で密かにその成果を伝授していた先代鳴戸の執念にも似たハッパが隠されていたことはあまねく知られている。このため、勝った稀勢の里は、

「勝因ですか? (勝つことを)諦めなかったことと、(攻めを)休まなかったことです」

と言葉少なに答え、指示通り師匠のしの字も口には出さなかった。

月刊『相撲』平成25年7月号掲載

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